夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「よたばなし」-8-

2019-01-02 22:22:40 | 自作の小説
ーよみのかわー

夜 男は大きな厄介事を解決し丸腰で歩いていた
害意は無いこと殺されてもいい
死を覚悟していると示す為に刀は家に置いて出た

ある心のねじくれた卑劣な男はそれを知ってある行動に出た

十郎左(じゅうろうざ)は自分が人に恨まれている 妬まれていようとは思っていなかった
まとまらなければ 藩内が分かれて争う羽目になったかもしれぬことを どうにか落ち着けることができて安堵していたのだ
己の命を賭けていた
うまくいかねば腹を切る覚悟もしていた
その帰り道である

背中に殺気を感じたのは
僅かに身をよじった為に背に突き立てられるのは浅くてすんだ

だがーよろめく
そこへ次の刃が襲ってくる

ーここで死ぬのか
己が死ぬかもしれぬと覚悟した日ではあったな
やはり今日が己の命日となるのか

十郎左は死を覚悟した

彼の半身を狙う刃は 第三の人物により阻まれた
「十郎左 無事か!」

十郎左の幼馴染の一人 隼人だった
ただ十郎左とは敵対する派閥につき 袂を分かち幾年も口をきいてはいなかった

むしろ今十郎左を殺そうとした男の同志となっていたのだ
それがー

「裏切り者め」
十郎左を闇討ちしようとした男は激昂する
「こやつを殺せば こやつがした約束は果たされぬ
われらが思うがままに藩を動かすことができるのだ」


「ふふん」
と隼人は笑った
「かような低い志でいかほどのことができようか」

「な 何を!」
男は隼人に斬りかかる

相手が丸腰と知って闇討ちをかけるような男
隼人の敵ではなかった

男を斬った隼人はその死体の両足を持ち引きずっていこうとする

「隼人?」

「せっかく十郎左が命懸けでまとめた話 また藩内が一つに戻れる
それをだ こやつ一人の死体で崩すわけにもいくまい
この先の川に投げ入れれば浮かんでこない
あれは そういう川だ
ゆえに 黄泉の川なんぞとも呼ばれている

こやつの死について 十郎左には咎はない
俺が引き受ける」

「隼人ー」

十郎左は死んだ男の頭を持ち 二人で川へ投げ捨てた

それから藩内の揉め事も綺麗におさまり 暫く経ったある日

十郎左は国家老に呼ばれた
国家老の伊佐衛門は十郎左の幼馴染の一人
十郎左・隼人・伊佐衛門は肩を並べて道場に通った仲

彼等の家柄 その後の藩の事情が三人の立場を分けたが

伊佐衛門は十郎左とは逆の派と与しているように見えていた

だがー


「わたしが隼人に頼んだのだ おぬしと喧嘩し向こうへ行き探ってくれとー」

いわば敵に自分達の味方と思われるように振る舞い その動きをおさえていたのだと伊佐衛門は話す

だから隼人はあの男が十郎左を狙って闇討ちにかけようとしていることに気付けた
あの男は事を大きくしたかったのだ
己の野望の為

「くだらん 藩内での出世など何になる 幕府が無くなろうかという時代に
いずれ世は大きく変わる
生きのびることが難しい世になるやもしれぬに」

唖然とする十郎左に伊佐衛門は笑ってみせる
「わしら互いの心がそう変わるものか
いつか また三人で集まって酒でも飲もうよ」


伊佐衛門は十郎左を窓へと招いた
彼が城で使うその部屋からは 例の川が見えるのだった
「不思議な川よの まことにあの世とつながっているのかもしれぬ」

それから間もなく江戸の世は終わった

十郎左は出家し 隼人は東京と呼び名が変わった江戸に出て・・・警官となる

伊佐衛門は武士の時代でなくなってしまったことで元の藩士らに逆恨みされて暗殺された


三人で集まって飲むことは実現しないままだった

世見河(よみのかわ)はいつしか夜美川(やみかわ)と名前が変わった

よみのかわを臨む場所にあった城も 今は無い