
銅像から少し坂を下り、竹林に入りました。
間引きが十分でないので、竹の姿を美しく保つのが難しいそうです。

竹林のはずれに、大きな古い鉄釜がありました。
吉田茂の養父吉田健三は、横浜南太田の実業家でした。
明治初期いろいろな分野で活躍しましたが、醤油の醸造も手掛けたようです。

近づいてよく見ると、山形の下に吉の字が浮き上がっていました。
「ヤマヨシ」という醤油だったのかも知れません。
明治17年養父が最初にここに別荘を建てたようですが、釜がいつここに置かれたのかは不明です。
旧吉田茂邸の庭園見学は以上で終わりでした。