Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

バットマン・ビギンズ

2008-08-21 | 外国映画(は行)
★★★★☆ 2005年/アメリカ 監督/クリストファー・ノーラン
「ノーラン監督の才気冴え渡る」


「バットマン」に関する知識が皆無なので「ダークナイト」観賞の前に予習のつもりで見ましたが、鑑賞後呆気にとられて言葉が出ませんでした。「スパイダーマン」と比較して語るような作品ではないですね。まるで、土俵が違う。完全に大人向け。ヒーローが悪を滅ぼす爽快さを完璧に捨てているのが見事です。

アメコミという非現実的なる世界をこれだけ重厚感溢れる世界観でがっちりと固めたクリストファー・ノーランの才能には惚れ惚れします。飛び道具のようなメカもたくさん出てきますが、その凄さを敢えて強調していない。例えば、スパイダーマンの場合、手の先から蜘蛛の糸がシュッと出る、その面白さをさらにCGで凄さ倍増にして見せる。それがビルの谷間を飛び回る映像になるわけですが、バットマンは違います。例えば、彼は空を飛ぶのですから、救助した人間を抱えて夜空を猛スピードで飛び回る映像なんかも作れるわけです。これだけ、CG技術が進んでいるのですから、何でもやり放題のはずです。でも、敢えてそれをしていない。新しいメカをどんどん身につけていきますが、実に淡々としたものです。つまり、この作品には、カタルシスがない。「飛んだ!」とか「やっつけた!」とか、観客のストレスを発散させたり、溜飲を下げるような演出がほとんどない。

確かに昨今のこのジャンルの作品は、どんどんダークな傾向にあります。しかし、それでも映画を見てスカッとしたいと言うのは、最低限のお約束だったはず。そこを、きっぱりとノーラン監督は撥ね付けた。この、その場限りの爽快感を切り捨てたおかげで、際立ってくるのはバットマンの苦悩や不気味な終末世界です。もちろん、お約束の復讐か自己満足か、というテーゼは出てきますが、むしろ私がこの作品から感じるのは、割り切れなさ、と言ったものでしょうか。バットマンが選んだ道が正義と言えるのかどうかわからない、という曖昧なエンディングも含め、全てにおいて白黒がつきません。まるで、答を出すのを放棄しているかのようです。彼の正体を知ったレイチェルの反応も、好きか嫌いか、彼と縁を切るのか切らないのか、全く釈然としません。

従来のヒーローは、人間関係において必ず頂点の存在でした。しかし、本作では他の登場人物と横並びな感じです。脇の役者が素晴らしくいいのです。マイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、キリアン・マーフィ。この5人の役者がそれぞれの持ち味をしっかりと出しながら、かつ突出せず素晴らしいバランスを保っています。主役を務めたクリスチャン・ベイルのニヒリスティックな佇まいも非常に良い。

カタルシスもなければ、明快さもなく、重低音ウーハーの響きがずしんずしんと地鳴りのように鳴り続けているような雰囲気。アメコミ物の枠組みをつぶさんとするようなノーラン監督のチャレンジ精神に感動しました。「ダークナイト」が実に楽しみです。