【消費増税】:国民に負担を強いる前に、政府がいますぐにやるべきこと
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【消費増税】:国民に負担を強いる前に、政府がいますぐにやるべきこと
◆まずはその株を売りなさい
大阪・朝日放送の番組「正義のミカタ」は、関西を中心に放送されており、東京では見られないが、これはなかなか面白い番組だ。先週10月6日(土)に筆者は同番組に出演し、「国はカネがないというが、財務省は自分たちの天下り先の確保のために政府保有株(JT)を売らないで、それでいて消費増税が必要だという。これはおかしい」と解説した。
この話が話題になったようなので、これについて補足したい。政府がJT株を保有しているのは法律に基づくことであり、その建前は公共目的である(日本たばこ産業株式会社法第二条により、政府は三分の一超、同社の株式を保有する義務がある)。しかし、その本音の部分では、財務省が天下り先を確保したいために保有しているという面がある、といったのだ。
そのうえで、政策論として、あえていえば今の時代にJT株の保有理由を「公共目的」と説明するのは困難であるので、一刻も早く法改正して、JT株を売却すべきだ、と指摘したわけだ。
筆者の知る限りでは先進国で、政府がたばこ会社の株式保有義務を有する国を知らない。かつて、アメリカの有力者に「日本政府にはたばこ会社の株式の保有義務がある」といったら、とても驚かれたことがある。「それでは、日本政府がまともなたばこ対策ができないだろう」と言われた。まさにその通りで、それが先進国の常識である。
テレビで放送された資料は以下の通りである。
ついでに、JT株以外にも政府が保有している株はかなりある。これらのすべては形式的には「公共目的のための保有」とされているが、実際は公共目的とはいいがたいものも含まれている。番組でも説明したが、関空などは上下分離のコンセッション方式により、「(上部の)空港運営を民営化」「(下部の)空港社会インフラを国有」としているのであれば、政府による一定の株式保有も理解できる。
しかし、(株)日本政策投資銀行や(株)商工組合中央金庫は、歴史的な使命を終えた組織で、実質、財務省と経産省の天下り先としてしか機能していないものだ。実際、筆者は小泉政権の時に、郵政民営化と同時に、これらの組織の完全民営化(つまり、政府は一切株式保有なし)の法案も出し、実際、成立もした。
しかし、その後、民主党政権へと変わる中でのどさくさ紛れで、官僚からこの改革に圧力がかかり、この二つの組織の完全民営化を否定する法案が出され、結局、揺り戻しになって今に至っている。
財務省が本当に増税したいなら、このように「公共目的」では保有の理由の説明がつかないような、政府保有の株式を売却してから、そのうえでさらに必要なら、国民に増税をお願いするというのが筋だろう。
◆資産は売れるものばかり
さらに「正義のミカタ」では、政府保有株の他にも、日銀が民間銀行の当座預金に金利を0.1%付けて、金融機関に「お小遣い」を与えていることも紹介した。民間銀行の一般事業者向けの当座預金は、臨時金利調整法により無利息とされているにもかかわらず、だ。この、日銀の当座預金に対する付利により、金融機関は年間2000億円ほどの利益を得ている。
これは、政府特権である日銀納付金(通貨発行益)の一部を民間銀行に移転していることになるので、国会でその是非についてさらなる議論が必要であると筆者は考えている。
なお、日銀が民間銀行の当座預金に金利を付けたのは、2008年10月の旧白川日銀体制からの「補完当座預金制度」がその源流である。この制度の導入時は、補完貸付制度の金利がコールレートの上限、当座預金の金利がコールレートの下限という意味があった。当座預金の付利については「市場機能への配慮」と表現されており、つまりは銀行の収益確保という側面があったことは付記しておく。
いずれにしても、筆者が政府株のような」国の資産」に着目するのは、政府の財政状況を単年度の収支ではなく、バランスシートでみるからだ。
筆者は大蔵省役人時代から、大蔵省がキャンペーンを貼っていた「日本は財政危機」論に少なからぬ疑問を持っていた。
筆者はたまたま、1990年の中頃に財政投融資改革の担当になり、その当時金融機能を有していた財政投融資について、ALM(資産負債総合管理)を行う必要が出てきたので、どうしても一般会計、特別会計、政府関連企業を含めた「国のバランスシート」を作らざるをならなくなった。それまでの大蔵省では、国のバランスシートを作っていなかった。
にもかかわらず「日本は財政危機だ」なんて叫んでいたわけで、いかにナイーブな議論であったかがわかるだろう。
これがいまから20年余の昔であるが、政府のバランスシートを作ってみると、それほど国の財政状況は悪くないことが分かった。そのうえ、目に見えない(簿外)徴税権と日銀保有国債を合算すれば、資産が負債を上回っていることも分かった。その財政事情の本質は、現在まで変わっていない。
このあたりは、本コラムで何度も書いている。例えば、2015年12月28日「『日本の借金1000兆円』」はやっぱりウソでした~それどころか…財政再建は実質完了してしまう!」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47156)等を参照してほしい。
20年以上前のことであるが、筆者はこの政府のバランスシートを作った後、上司に対して「ファイナンス論によれば、政府のバランスシート(つまりは、日本の財政)はそれほど悪くないことを伝えた。もし借金を返済する必要があるというのであれば、まずは資産を売却すればいい……といったら、「それでは天下りができなくなってしまう。資産を温存したうえで、増税で借金を返す理論武装をしろ」といわれた。
実際、政府試算の大半は、政府関係機関への出資金や貸付金などの金融資産であり、技術的には容易に売却可能なものばかりだ。一般の人は、「資産といっても、土地建物の実物資産が多いから、そう簡単には売却できないのだろう」と思っている向きも多いだろうが、実はそうでもない。
日銀を含めた統合政府ベースのバランスシートでいえば、1400兆円程度の資産のうち、実物資産(土地や建物などの有形固定資産)は300兆円弱しかないのだ。つまり、国の資産のうちその多くが「売却可能な資産」なのだ。
◆やっぱり日本のメディアは報じない
それほど多くの資産を温存しているのに、「国民に増税を訴え、国の借金を返済しよう」と訴えるのは無理筋だ。政府でなくても、一般企業が破綻寸前となれば、まずは子会社を売るのは常識だ。政府でも、海外を例に見れば、破綻に直面した時には政府資産をどんどん売却している。
さて、さきほどの上司の言葉を聞いた時にハッキリ認識したのが、当時の大蔵省の官僚たちは、口では偉そうに「国家のために財政再建が必要だ」とかいいながら、実際の所は天下り(資産温存)のために増税を優先しているのだということだった。
こうした大蔵省の増税指向はいまの財務省にも引き継がれ、それと表裏一体の歳出カットとともに、緊縮財政指向を生み出している。
緊縮財政については、その本家ともいえるIMF(国際通貨基金)ですら、1990年代から2000年代にかけての「緊縮一辺倒路線」は間違いだった、と2012年には認めている。
イギリスでは、つい最近まで緊縮指向で頑張っていたが、ついに、メイ首相が「リーマンショック後に導入された歳出削減などの緊縮政策を廃止する」と話したことが、10月3日に報じられた。
このニュースは海外では大きく扱われているが、日本のマスコミではほとんど報じられていない。今のタイミングでこのイギリスのニュースを報じれば、来年10月に予定されている10%への消費増税に悪影響が出て、新聞業界が待望している消費税軽減税率が吹っ飛んでしまうことをおそれているのだろう。
その一方で、「IMF4条協議において、IMFが日本に消費増税を提言した」というニュースは、10月4日に日本で報じられている。緊縮財政の過ちを認めたIMFが、どうして日本に対して緊縮策をアドバイスするのか、不思議に思うのが当然なのだが、日本のメディアの論調はそうはならない。
もっとも、IMF4条協議の実情を知っていれば、この提言には納得である。IMFのスタッフといっても、実はその中には財務省からの出向職員の日本人もいるからだ。筆者も役人時代に「4条協議」に加わったこともあるが、彼らIMFのスタッフに、内閣府、財務省、日銀の担当者が日本経済の現状を説明するというのが実態に近い。
IMFスタッフがまとめるペーパーには、当然のことながら日本の事情に詳しい財務省からの出向職員の知見が大きく反映される。いってみれば、4条協議の中身は、財務省が政府に言いたいことをIMFにいわせているだけなのだ。
◆ノーベル賞と緊縮と
さて、財務省の緊縮指向はなかなか改まらないようだが、この緊縮指向、決して国のためにならない。
ちょうどいい例がある。ノーベル医学・生物学賞を受賞した本庶佑・京大特別教授が、研究資金について「もうちょっとばらまくべきだと思う」と発言したことが話題になっている。
本庶教授と言えば、「オプジーボ」という薬を開発したことが有名である。人の体が本来持っている免疫を活用してがん細胞を攻撃させる治療薬であり、このおかげでガンになっても長く生きられる人が増えている(説明が単純すぎるかもしれないが、本旨ではないので、気になる人はご自身で調べていただきたい)。
本庶教授は、そうした薬が出来るまでには、基礎研究がとても重要で、成果の見えづらい基礎研究に国からのお金が回らなくなることに懸念を抱いているようだ。実際、自然科学の基礎研究への財政資金や人材の投入について、現在は、本庶教授のいう「バラマキ」ではなく「選択と集中」が言われている。
国からすれば「最も有効なところに資金を投入する」とでも言いたいのだろうが、そもそも官僚が研究資金の「選択と集中」ができると思っていること自体が間違いだ。官僚に限ったことではなく、誰もそんな「選択と集中」などできないはずだ。
本庶教授も、記者会見の中で、「何が正しいのか。何が重要なのかわからないところで、『この山に向かってみんなで攻めよう』ということはナンセンスで、多くの人にできるだけ、たくさんの山を踏破して、そこに何があるかをまず理解したうえで、どの山が本当に重要な山か、ということを調べる(ことが必要だ)」といっている。
つまり、どのような方向で研究したらいいかというのは、専門家にもわからないというのが実情なのだ。確かに、基礎研究では官僚の嫌う「無駄」が多い。というか、いわゆる千に三つしか当たらないので、極端な言い方だが、ほとんどの基礎研究は「無駄な研究」ばかりなのだ。しかし、一定の「無駄」がないと、卓越した研究も出てこないのもまた事実なのだ。
この感覚は、自然科学を勉強したり、研究したりした経験がある人なら共感できるだろう。しかし、多くの文系官僚には理解できないのだ。
基礎研究の「選択と集中」が言われるのは、研究資金が足りないからである。であれば、教育や基礎研究の財源としての国債を発行することを考えるべきなのだ。例えば、2017年5月1日「やっぱり「教育の無償化」は、国債発行で賄うのが正解だ」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51630)を参考にしてほしい。
基礎研究のように、花咲くまでの期間が長く、大規模で広範囲に行う必要のあるものへの投資は、公的部門が主導すべきで、その場合、投資資金の財源は、税金ではなく、将来に見返りがあることを考えれば、国債が適切だ。この考え方はもともと財務省内にもあったのだが、今こそそれが求められていると思う。
筆者は、自民党の会合でこの考え方を紹介したが、これにもっとも抵抗したのは、財務省だった。財務省の代理人と思われる学者も出席していたが、教育や研究開発が社会的な投資であることを認めながらも、国債ではなく税を財源にすべきと言っていた。ファイナンス理論や財政理論を無視した暴論である。この暴論に、自民党の有力な若手議員も賛同していたのには呆れたし、マスコミもその奇妙さを報道しないことは奇怪で仕方ない。
結局、緊縮財政をやりたい財務省と、その財務省の走狗である国会議員、学者、マスコミがまともなことを言わないので、日本全体がこの思考から脱却できないでいるのだ。
ノーベル賞受賞者が出た今年は、その根本を疑い、変えていく好機だと筆者は思う。ノーベル賞は、20、30年も昔の研究成果への褒美である。日本では、ここ20年くらい研究開発予算が伸びていない。おそらくあと10年もすると、日本のノーベル賞はなくなるだろう。
それでいいというならそれでもいい。しかし、その時になって「なぜ日本のノーベル賞受賞者数が激減したのか」などと言わないことだ。その原因が「緊縮指向」にあることは、明らかなのだから。
◆髙橋 洋一 経済学者 嘉悦大学教授

1955年、東京生まれ。80年、大蔵省(現財務省)入省、理財局資金企画室長、内閣参事官など歴任。小泉内閣、安倍内閣では「改革の司令塔」として活躍。07年には財務省が隠す「埋蔵金」を公表、08年に山本七平賞受賞。政策シンクタンク「政策工房」会長、嘉悦大学教授。
元稿:現代ビジネス 主要ニュース 経済 【企業・経済・金融・財政】 2018年10月08日 09:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。