【筆洗】:その歌の歌詞は作曲家の中村八大さんのお子さんが誕生したことのお祝いに永六輔さんがプレゼントしたもので、それに中村さんが曲を付けた。
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【筆洗】:その歌の歌詞は作曲家の中村八大さんのお子さんが誕生したことのお祝いに永六輔さんがプレゼントしたもので、それに中村さんが曲を付けた。
一九六三年の大ヒット曲で日本レコード大賞を受賞した「こんにちは赤ちゃん」である▼中村さんは「ホームソング」にするつもりで当初発表する気はなかったが、頼まれた別の曲が書けなくて、これを差し出したところ、大当たりを取った▼この曲を歌った梓みちよさんが亡くなった。七十六歳。中村さんの喜びを想像して永さんが書いた最初の歌詞は「俺が親父(おやじ)だ」だったが、梓さんが歌うことになり「わたしがママよ」に書き換えたそうだ▼歌謡曲史上、最も幸福な内容の歌詞といえるか。子の生まれた喜びを素直に表現している。伸びやかで曇りのない梓さんの歌声がよく似合う▼同じ六(輔)・八(大)コンビの「上を向いて歩こう」などに比べ、耳にする機会が減った印象があるが気のせいか。六三年の出生数約百六十六万人、二〇一九年の出生数約八十六万人。赤ちゃんも減った。子を持つ喜びは変わらないが、産み育てていく大変さに身構える時代でもあろう。高度成長期の幸せの曲や梓さんの明るい声。今はまぶしすぎるのかもしれない▼一つ訂正がある。四日付の小欄で「妹を回転木馬に乗せ」とすべきところを「妹を回転木馬が乗せ」と誤って書いた。お許しを願う。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【筆洗】 2020年02月05日 06:10:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。