【社説】:「コロナの先へ」 ② 危機が問う指導者の真価
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説】:「コロナの先へ」 ② 危機が問う指導者の真価
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、各国・地域の統治のありようをあらわにした。
なかんずく、感染対策の陣頭指揮を執る指導者のリーダーシップが問われている。
未知のウイルスに専門家の見解も分かれ、人々の不安は膨らむ。
その不安に乗じ、国のトップが非常事態を理由に法を逸脱して国民の主権を制約すれば、独裁に道を開く恐れがある。
一方で、科学的な根拠もなく楽観的な見通しを語り、いたずらに感染拡大を招くようなリーダーも信頼を置けない。
コロナが収まったとしても、新たなパンデミックが予想される。
危機にあって、指導者に不可欠なのは、科学的な知見を踏まえ、なぜこの施策を選択するのかを国民に丁寧に説明することである。
今年は秋までに、首相選びにつながる衆院選が行われる。有権者は、国民の命と生活を守るべき指導者の資質を見定めたい。
■共感呼ぶ振る舞いか
昨年12月、欧州を感染の猛威が再び襲う中、沈着冷静なドイツのメルケル首相が珍しく感情をあらわにして、強い行動制限を国民に求めた演説が話題になった。
必死さだけでなく、国民の心情に寄り添い「祖父母と過ごす最後のクリスマスにしないで」と訴える姿が、共感を呼んだのだろう。
これに対し、日本のトップは国民の不安とかけ離れた振る舞いが非難された。
安倍晋三前首相は愛犬とくつろぐ動画を投稿し、菅義偉首相は年末に連日会食をはしごした。
「説明不足」の批判を受け、菅首相は年末に記者会見を開いた。だが用意した紙に目を落とす場面が多く、質問も途中で打ち切った。前を見据えて自分の言葉で語ったメルケル氏との落差は大きい。
外出や店舗営業が原則禁止され、違反すれば罰金を科せられることもある欧州と違い、日本は外出自粛や休業の要請にとどまる。
それだけに、日本の首相は国民の納得と共感を得られる振る舞いと説明ができなければ、感染対策への理解は広がらない。
■科学への敬意を基に
国民に向き合う姿勢とともに、指導者に問われているのは、政治と科学の関係だ。
国内で感染が広がった当初、政府の専門家会議は「3密回避」などの対策を次々に打ち出した。
国民への浸透に一定の効果はあったが、あたかも政府の政策を決定しているかのように受け取られ、責任の所在が曖昧になった。
その後、政府は行動自粛より経済重視に政策のかじを切った。
専門家会議は分科会に衣替えされ、観光支援事業「Go To トラベル」の実施を容認した。
菅首相は「移動によって感染は拡大していない」と主張して事業継続にこだわり、結果的に医療崩壊寸前まで感染が拡大した。
だが、分科会の中でも事業には慎重な意見が根強かった。官房長官在任時を含めて、首相は専門家の意見を都合良くつまみ食いしたと言われても仕方がない。
先の大戦での原爆開発を例に引くまでもなく、科学は常に政治に利用されかねない危うさを持つ。
一方で科学を軽視した指導者の姿勢が危機を深刻化することは、世界最悪の感染状況にあるトランプ政権の米国を見れば明白だ。
科学者の知見をそしゃくした上で、最適な政策へといかにつなげるか。政治家の識見と力量がまさに試されている。
■現場の視点欠かせぬ
感染症対策の最前線に立つ地方の現場に注目したい政治家がいる。和歌山県の仁坂(にさか)吉伸知事だ。
昨年2月に国内初の院内感染から広がったクラスター(感染者集団)を短期間で収束させた。現在も他の都道府県に比べると、急激な感染拡大を抑え込んでいる。
仁坂氏は院内クラスター対策で、政府がPCR検査を中国・湖北省への渡航者などに限定していた時期に、感染者に接触した人すべてに検査を行う決定を下した。
当時、仁坂氏は収束まで連日記者会見し、質問がなくなるまで感染状況を説明した。
「正しいことを誠実に言うよう心がけた」と仁坂氏は振り返る。
県民に対策を理解してもらうには情報公開が欠かせないが、クラスターの発生施設や感染者の行動経路など、風評被害や個人情報保護の観点から難しい問題もはらむ。判断はトップしかできない。
政府の迷走は、ぎりぎりの決断が迫られる現場の実情をつぶさに把握せず、国民から遠い中央の論理で政策を決めたことに一因があるのではないか。
国の命運を左右する政治のトップであればこそ、現場の視点や国民の思いを忘れずに日々の政権運営に努めなければならない。
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2021年01月03日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。