【社説】:コロナ禍を越えて 一隅にも光が届く社会に
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説】:コロナ禍を越えて 一隅にも光が届く社会に
世界を覆う「禍」の影に息を潜めたまま新しい年が始まった。
初詣は密を避け、暮れに済ませた。手水(ちょうず)は使わず、マスクのまま、人と距離を保って頭(こうべ)を垂れる。帰省を諦めた家族の健康を願えば、実感する。新型コロナウイルスがもたらした「新しい日常」は暦が改まっても続くのだ、と。
コロナ禍は私たちから多くを奪った。命や健康、自由な外出、仲間と語り合う時間、学ぶ機会。そして日々の糧を得る仕事も。経済はリーマン・ショック以来の深い淵に沈んだ。求められるのは感染防止と経済再生だ。だが、政治はブレーキとアクセルを踏み分ける困難なかじ取りに混乱と迷走を重ね、対策は後手に回った。
2波、3波と感染拡大は襲いかかる。ワクチンが普及するまで、と耐えても、「禍」は社会をむしばんでいく。仕事を失ったり、収入が大幅に減ったりした人の支援はまったく足りていない。非正規労働者やシングルマザー、年金頼みの高齢者など、弱い立場の人ほど、より苦しい境遇に追い詰められる。格差は広がるばかりだ。
■不公平をあぶり出す
昨年、全米図書賞を受賞した柳美里さんの「JR上野駅公園口」は出稼ぎで郷里・福島を離れた間に帰る家を失い、ホームレスになった男の物語だ。その苦しみは東日本大震災で避難生活を強いられた人々の苦難と通底する。大震災は今年、発生から10年。柳さんが住む福島の被災地はコロナ禍でさらに疲弊が進み、高齢者の「孤絶死」が増えているという。
柳さんは「原発事故やコロナ禍は社会のひずみや不公平をあぶり出す。このゆがみを解きほぐし、編み直す社会になれば」と語る。
九州でも雲仙・普賢岳大火砕流から30年、熊本地震から5年の節目を迎える。昨年は熊本豪雨もあった。気候変動の影響か、大型台風や豪雨は頻度を増している。地震や津波の備えも怠れない。
疫病と不況、災害の不安。この鬱々(うつうつ)とした日々に、それでも私たちは前を向いて生きていかねばならない。そう思い定めれば、胸をよぎる言葉がある。
「一隅を照らす」。アフガニスタンで砂漠を緑の大地に変える灌漑(かんがい)事業に奮闘し、一昨年、凶弾に倒れた中村哲医師の座右の銘だ。
今いる場所で全力を尽くし希望の灯をともせば、その光は周囲に、社会全体に広がっていく-。比叡山延暦寺を開いた最澄の言葉である。キリスト者であり、イスラム教徒のために命をささげた中村さんが人生の道しるべに天台宗開祖の遺訓を選んだ意味に触れたくて紅葉燃える比叡山を訪ねた。
延暦寺根本中堂の本尊は仰ぎ見るのではなく、参拝者の目の高さにある。仏も人も一つという教えによる。傍らに「不滅の法灯」と呼ばれる灯火が輝いていた。最澄以来1200年間、一度も消えることなく光を放ち続けていると伝わる。それは世の隅々まで照らす仏の光という。うっかり油を絶やすと灯が消えてしまうことから「油断」という言葉が生まれた、と若い僧に教わった。
■守り伝えるべきもの
現代を生きる私たちが大切に守り伝えねばならないのは、平和や自由、平等、人権、民主主義といった人類普遍の価値観である。コロナ禍という暴風の前で、そのともしびが揺らいではいないか。
米国ではトランプ大統領が人権を軽んじ、憎悪をあおり、「フェイク(うそ)」をまき散らして深刻な分断を招いた。彼を愚かと冷笑するのはたやすいが、大統領選で7千万余票を得た事実は無視できない。熱烈に支持したのはグローバル化とITの波に取り残され不満と怒りを抱えた人々である。
日本でも「政治とカネ」の不祥事は絶えず、権力への忖度(そんたく)がはびこる。公文書が改ざんされ、国会で「うそ」が繰り返されても、為政者は責任を取るどころか、まともな説明もしない。政治への不信と諦めは募るばかりだ。
だからこそ「一隅を照らす」が心に響く。昨年は「エッセンシャルワーカー」が注目された。生活の維持に不可欠な仕事をする人のことだ。例えば医療従事者。その献身は社会のともしびである。
一人一人が自分の場所で踏ん張り、現在と未来のためにできることをする。小さなともしびが世の中に広がっていけば、砂漠が緑になるように地域の明日を変えられるかもしれない。それが地方自治の原点であろう。日本全体からみれば一隅の地方がそれぞれに輝くことで、国のあり方を変え、ひずみや不公平を正す力になり得る。
■ゆがみを正す機会に
菅義偉首相は「自助・共助・公助」を政治の基本として掲げた。まず自助や共助があって、公助の出番は最後という考え方は納得できない。個人の努力や周囲の助けには限界がある。コロナ禍ではなおさらだ。苦境に陥り、社会の一隅にうずくまる人に、上からではなく、同じ目の高さからあまねく手を差し伸べるのが公助である。
ゆがみを解きほぐし、編み直す機会はある。米国は近く政権が代わる。日本も総選挙の年だ。政治を諦めれば何も変わらない。「油断」すると大切なともしびは消えてしまう。コロナの時代を乗り越えるために国民の声と力で社会の一隅にまで光を届けさせたい。
元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース オピニオン 【社説】 2021年01月01日 10:50:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。