【社説①】:年のはじめに考える 不公平も拡大している
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:年のはじめに考える 不公平も拡大している
「一部の連中だけが賢く立ち回って金持ちになり、残りは置き去りになっている」
一九九九年夏、チェコの元首相で当時上院副議長だったペトル・ピトハルト氏から直接この言葉を聞きました。東欧革命から十年がたち、貧富の差が目立ち始めていた母国を憂えた発言です。
この発言には続きがあります。チェコは「ビロード革命」と呼ばれた血を流さない理想的な体制転換が図られたと評価されています。しかし−。
◆革命は起きていない
「革命は起きていない。ペレストロイカの影響にすぎない。この国に必要なのは法整備など不公平をただす地道な努力だ」
ピトハルト氏は「壁の崩壊」で政権が移行しただけで変化にばかりとらわれた結果、格差だけが拡大したと警鐘を鳴らしたのです。
コロナ禍の中、金融市場で不思議な現象が起きています。各国の株価が上昇しているのです。日本も好調で一時、バブル崩壊以降の最高値を更新しました。
先進国を中心にコロナ対策のために巨額予算が組まれています。資金のうねりが金融市場に流れ込み、株式市場の活性化を演出している可能性はあります。
だがそれだけでしょうか。リーマン・ショックと違いコロナ禍の影響は金融システムには及んでいません。経済の核心部分はあまり傷んでいないのです。
ウイルスが去れば経済は再び成長軌道を描く。このような期待が市場参加者の心にあるのではないか。つまり「今のうち買って高値になったら売り抜けよう」という単純な思考が市場を動かしているようにみえます。
歴史的な出来事が起きると必ず大もうけする企業や人々が出ます。二度の世界大戦では鉄鋼や航空機、化学品メーカーが軍需で膨大な利益を上げました。
◆大半の人は蚊帳の外
リーマン・ショック後、痛手を負った市場参加者は利益効率の高いIT企業に目を付け資金を流し込みました。この投資がGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)など巨大ITの出現を後押ししたのです。
コロナ禍の収束後、投資資金がどの分野に向かうのかまだ分かりません。ただ確実に言えることがあります。
資金のうねりを上手に活用できるのは、ピトハルト氏がいう「賢く立ち回った」一部の人々だけだということです。大半の人々は蚊帳の外です。
政府が観光産業などの支援のため打ち出した「Go To事業」には改善すべき点があると考えています。本年度予算で一兆六千億円以上計上された巨大事業です。
当初は感染拡大が落ち着いたタイミングで開始するはずでした。しかしその方針はなし崩しとなり、感染が再び増え始めた昨年七月に事業の中核である「トラベル」がスタートしました。
トラベルを止める時期も遅れました。菅義偉首相は感染が激増しているにもかかわらず「停止は考えていない」と繰り返しました。結局、世論に押される形で一時停止を余儀なくされました。
政権に影響力を持つ自民党の二階俊博幹事長は全国旅行業協会の会長です。政権に働き掛けができる業界は支援を優先的に受けるのか。こんな疑問を胸に抱いた国民は多かったはずです。
さらに観光産業の中でも、小さなビジネスホテルや民宿などからは「支援が届いていない」という声が相次いで出ました。
経済危機が起きると弱者はより厳しい打撃を受けます。税金を投入する国の支援はまず、窮地に陥って助けを求めている人々に向かうべきです。
だがGoTo事業を見る限りそれは実現していない。「イート」でも街の小さな飲食店の多くは救われていない現実があります。
権力に近く、情報を持ち、声が大きい。こうした人々ばかりが国に救われようとしているのではないか。昨年を振り返りながらこの認識を一層深めています。
昨年七月から九月の国内総生産(GDP)は年率換算で22・9%増(改定値)と記録的な伸びを示しました。失業率も2・9%と改善しました。
◆経済は「民」を救うこと
一連の指標を改めて見ながら「正確に実態を映していない調査に意味があるのか」と感じます。
「今月で辞めてくれないか。もう給料が払えないんだ」
「給料を下げても構いません。解雇だけは勘弁して」
こんなやりとりが日本中で交わされているのではないか。
「経済」という言葉は「経世済民」を略したとされます。「世を治めて民を救う」との意味です。
官民を問わず権力を持つ人たちはこの言葉の本来の意味を再認識すべきだと強く思っています。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2021年01月04日 07:27:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。