【卓上四季】:世直し
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【卓上四季】:世直し
「先見た物の帰る引汐」。宝暦年間の雑俳集「誹諧武玉川」の一句だ。当時の江戸は堀や運河が四方に張り巡らされた水運の町。潮の満干で水面に浮かぶ物が行ったり来たりする光景は町の至るところで見られたのだろう
▼11年前の東日本大震災の発生で、その句を思い出したというのが昨年3月に亡くなった作家小沢信男さんだった。天地自然と呼吸を合わせる街づくり、国造りを忘れ、科学の発展や資源を食いつぶす大量生産大量消費の生活を進歩と考える現代の思想を嘆いていた(「俳句世がたり」岩波新書)
▼関東大震災後の復興の中で生まれ、東京大空襲を経験した作家の目に津波や原発事故の惨状はどう映ったろうか。「いまや天災はほぼ人災にほかならず」という警鐘にその思いがうかがえる
▼突然の大きな揺れに11年前の恐怖がよみがえった方も多かったろう。宮城、福島両県で震度6強を観測する地震があった。東北沿岸では津波が観測され、大規模な停電も発生。新幹線は脱線した
▼東京電力福島第1原発では使用済み核燃料のプールの冷却機能が一時停止した。悪寒のような不安は過去のものではない
▼江戸の人々は地震が起きると「世直し世直し」と唱えたそうだ。「ないないづくしからたちあがる一挙手一投足こそが、そのまま世直しの歩みではないですか」。反骨の作家の下町口調が頭に浮かんだ深夜の大揺れであった。2022・3・18
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【卓上四季】 2022年03月18日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。