【考察・後編】:映画『妖怪の孫』プロデューサー古賀茂明氏に訊く「安倍政権が遺した『日本国民の心に棲む妖怪』の正体」
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【考察・後編】:映画『妖怪の孫』プロデューサー古賀茂明氏に訊く「安倍政権が遺した『日本国民の心に棲む妖怪』の正体」
安倍政権をメディア戦略から地元山口県の談合疑惑、統一教会問題、そして憲法改正など多方面から検証した映画『妖怪の孫』が公開中だ。昨年の急逝後も自民党内に存在感を残す安倍晋三元首相とは何者だったのか?
安倍政権の強さの理由を解き明かした前編に続き、安倍派を無視できない岸田政権の今、そして、安倍政権が現在の日本社会に遺したものなどについて、元経済産業省官僚であり、本作企画プロデューサーの古賀茂明氏に聞いた。
◆参謀なき岸田政権の現在地
――安倍政権の目指したものは、岸田(文雄)政権に受け継がれているのでしょうか。
古賀: 政策に一貫性がないので、岸田首相が何をしたいのかよくわからないという感じです。変に凝り固まったところがないので、きちんとした参謀や良いアドバイザーがいれば、いい仕事ができるような気もしますが……。
政権を維持するには安倍派から支持を得なければならない。なので、安倍派が喜ぶ話はどんどん吸収しますし、アウトプットが出て来ます。
例えば、防衛費の増額や原発運転期間延長と新増設がそうです。しかし、少子化対策や子育て支援になると、安倍派が「こうして下さい」と言って来ないので、野党から突っ込まれても何も出て来ない。
先日、子ども予算倍増の話が出ていましたが、防衛費を倍増したから子ども関係の予算も倍にしなくてはいけない、というノリなのではないでしょうか。政治的なアピールなのでしょうが、財源のあてもなく、かえって窮地に立たされています。
岸田首相は、今、国民より財務官僚の方を向いています。なので、政策については彼らの言うことを鵜呑みにして「うん、そうか」と思って、彼らの説明だけを吸収して思考停止しているのかもしれません。
◆「新しい資本主義」はどこに
――岸田政権は「新しい資本主義」を掲げてスタートしました。
古賀: 「新しい資本主義」は、今の資本主義を変えるしかないという決意の表れだったのでしょう。
しかし、格差の縮小には、金融所得の総合課税だと提案したら、マーケットから総スカンを食らいました。そして財界からも自民党からも批判が出た。そうなるとパッと引っ込めてしまう。
でも、元々の発想は良かったんです。例えば、金融所得の総合課税を実施して富裕層に税金を払ってもらい、それを財源にして少子化政策・子育て政策にあてると言えば、ものすごくわかりやすい。
そして、小泉政権のように、党の内部が反対するというのであれば、それを「改革の抵抗勢力」だと言って、富裕層には「将来のための政策を実施するのでお金を負担してください」とお願いすればいいのに、そういう作戦もなかった。
岸田首相は、「日本は様々な課題を抱えている。その課題は足かせになるけれども、それを逆手にとって、成長の糧にする。それが新しい資本主義です」と言っていました。この発言が一番良かった。1回言っただけなので自分では意識していないのかもしれませんが……。
一例ですが、「外国に比べて遅れを取っている温暖化対策は、省エネや排ガス規制や排出権取引の負担を厳しくし、それを乗り越えると世界最先端の産業が復活する。最初の規制が日本の劇的な成長につながる」というビジョンを出してみればいいんです。
そういう政策を考えればいいのに、抽象論で日本は課題先進国だ、と言っただけで思考がストップしています。
◆アベノミクスの顛末
――岸田政権には「アベノミクス」を提案したような参謀がいるようには見えません。
古賀: 安倍さんは、浜田宏一さんの他、元財務省の本田悦朗さん、高橋洋一さんをブレーンにして、門前の小僧のように話を聞いていたそうです。
なお、高橋洋一さんには「マクロしか見ていない」という指摘をしたら、「マクロ学者だからマクロ経済を見ておけばいい」という返事がありました。雇用を生み、失業率が下がったのだからいいでしょう、と。では産業がボロボロなのはどうすればいいのか、と聞いたら、そこは我々が考える範疇ではない、との回答でした。
一方、ミクロ経済のエキスパートは竹中平蔵さんですが、規制改革などのミクロの政策を実施しようとすると、必ず敵が出るんです。
マクロレベルの給付金や補助金、金利の引き下げは、経済界は抵抗しません。ぜひやって下さい、となる。ところが、ミクロレベルの規制改革をやろうとすると、凄い抵抗勢力が出て来る。小泉政権時代に行われた規制緩和がそうですが、小泉元首相は「小泉劇場」によってそれを打破した。一方、安倍さんはそこには着手できなかった。だから、彼は改革派ではないです。
ところが、敵の出ないマクロレベルの政策を「異次元の金融緩和」「機動的財政出動」とカッコ良く言って、株が上がり、一時期アベノミクスは評価されました。しかし、それだけで引っ張り続けて、本当の改革は何もしていなかったというのが実態です。
劇中にも登場しますが、岸田総理自身が年頭の記者会見で、「アベノミクスで想定されたトリクルダウン(富裕者がさらに富裕になると、経済活動が活発化することで低所得の貧困者にも富が浸透し、利益が再分配される現象)は起きなかった」と発言してしまいました。これについては、浜田さんも認めています。
これからも、安倍政権時代に糊塗された様々な問題が、出てくるのではないでしょうか。安倍さんの後は、誰がやってもうまくいかない。それはある意味気の毒ですが、岸田首相本人がそのことを理解せずに、夢のようなことばかり言っている。「今の日本は緊急事態です」と宣言するところから始めないといけないのですが……。
◆本当に防衛費倍増が必要なのか
――劇中では自民党の憲法改正法案に触れていますが、岸田首相の施政方針演説冒頭も「自国民を守るために防衛力を強化すべき」という論調でした。
古賀: 全てが「攻めて来たら怖いので防衛力を強化」という前提で話が進んでいて「中国が本当に日本を攻撃するか」については議論されていません。そして、中国が積極的に戦争を仕掛けるメリットはありません。それでも戦争が起こるとしたら、中国にとって日本と米国が敵で「我々を潰しに来る」と判断した時です。要するに「やらなけれなければ、やられる」と判断された時です。
一方、アメリカは「中国というとんでもない奴が本当に攻撃してくるかもしれない」と思わせたい。なぜなら、中国を悪者にして西側の結束を高めれば、他国がアメリカに依存し、武器が大量に売れるからです。そうすれば経済界も喜ぶし、西側の盟主という地位を守れる。アメリカにとって、非常にいいシナリオになる。日本はそれに加担しています。
アメリカが中国を挑発し、中国がアメリカと同盟国関係にある日本に対して武力行使をしたとしても、アメリカは、本土が攻撃されない。台湾も日本と同じように利用されています。アメリカからしてみれば本土は攻撃されない以上、戦争はしていないことになる。そして、「中国は危険だ」と思わせ続けることで中国を孤立させれば、西側諸国は武器を買い続けるのです。
◆日本が戦争を回避するためには
――では、日本が戦争を回避するにはどのような外交姿勢が必要なのでしょうか。
古賀: 先日、CSIS(Center for Strategic and International Studies・戦略国際問題研究所)でシミュレーションが出ていましたが、地政学的に見て日本が参戦しなかったらアメリカは中国とは戦えないです。
なので、アメリカに対して、「日本は中国とは戦わないので、アメリカが勝手にやってください、でも、アメリカが中国と戦争する時は日本の基地は使わせません」と言えば、アメリカは戦争できません。ところが、自民党政権は日米同盟が日本の安全保障の根幹だと言っています。日本がアメリカの要求を断らないという前提ですべてが組み立てられているからです。
その前提を捨てて「アメリカの要求を断るかもしれませんよ」と言いながら、中国と交渉すればいい。「日本はアメリカに基地を使わせないので、中国は尖閣諸島も含めて武力で現状を変更しない」という約束を中国とすれば、少なくとも中国と戦争状態になることは避けられるでしょう。
しかし、今の自民党幹部は「戦争も辞さない」という姿勢です。安倍さんの根幹にあったのは、太平洋戦争は間違いではなかったというものです。大東亜共栄圏構想の下、日本が世界のリーダーになるべき国であったと本気で信じていました。そして日本は戦争に勝てる国だとも思っていた。そこは論理的な議論ではないです。宗教的な思い込みがあったのではないでしょうか。
――映画の終盤では、自民党の憲法改正草案についても検証しています。
古賀: 自民党草案は、現行の日本国憲法の根幹を全て白紙にして、国民主権や基本的人権の保障を骨抜きにする内容になっています。国民は権利を主張するのではなく、義務だけを果たして生きる。それが日本人のあり方だとすると戦争に勝ちやすいからです。
民主主義的な国家と国民を犠牲にして軍事を優先する専制主義的な国家を比べると、戦争遂行という点だけで見れば圧倒的に後者の方が強いのです。
◆現役官僚たちの苦悩とは
――古賀さんは劇中で現役官僚のお二人に覆面インタビューしていますが、法の支配を無視した官邸からの指示に辟易したというコメントがありました。
古賀: 私が勤務していた2011年までは、官僚の立場から見ておかしいと思うことは、避けなければならない。だからまともなことをやろうとする勢力が一定数存在していました。
そして、役所の中でそれが路線対立になりました。改革派と守旧派、僕は役所が権限を振るって経済社会に介入するという意味で、「介入派」と呼んでいましたが、その2つがあって、事務次官がどちらにつくか、という構図があったんです。ところが、安倍政権になった途端、その対立がなくなった。劇中の覆面官僚のコメントにもありましたが、議論ができなくなったからです。
議論の前に「官邸が考えてること以外やるな」と忠告されてしまう。安倍政権による強権政治で議論がなくなってしまった。官邸に逆らえばクビになるからです。そして、転職しようとしても、多くの官僚は40を過ぎれば他の職場では使いものにならなくなっているし、子どもの教育費も増えて来る。結局、役所に留まって悶々としながら、その後の官僚人生を送ります。
現行憲法によれば、もし役所が変なことをするのであれば、役所に指示を出している内閣を選挙で倒すしかない。そして、その歯止めが、かつては機能していましたが、第2次安倍政権になってから、安倍政権は選挙に負けていなかった。なので、歯止めが利かない状態になってしまったのです。
「国民が私たちを選んでいます」という一言で、政権に対する批判がすべて消えてしまう。そして、官僚は役所に所属していて、官僚のトップは大臣で、大臣は内閣総理大臣が指名します。つまり、官僚は内閣総理大臣の指示で動く人たちです。そうすると、国民から選挙によって信託を受けて働いている内閣総理大臣の言うことを聞かない官僚はクビだと言われても仕方がない。それが憲法の仕組みです。
◆日本国民の心に潜む「妖怪」
――確かに、安倍政権を支持し続けたのは、国民ですね。
古賀: 結局、選挙で安倍政権を選んでいる自分たちに返って来るんです。
映画のタイトル『妖怪の孫』は、安倍さんのおじいさんの岸信介元首相が「妖怪」と呼ばれていたことに由来します。そして、孫の安倍さんも亡くなりましたが、その支配は続いている。政治は安倍派抜きでは考えられない。つまり、“安倍的なもの”はなくなりません。僕は「岩盤右翼層」と呼んでいますが、安倍さんの最大の功績は、岩盤を固めて残したということです。
また、その恐ろしい岩盤に潜む“安倍的なもの”を利用して、未だにマスコミを支配しようとする動きもあります。でも、政治家・官僚・マスコミだけではなく、国民もまた支配されているのでは? というのが僕の考え方です。
そして、支配されている人たちには2通りあって、1つは、完全に洗脳されて“安倍的なもの”を積極的に支持する人たち。もう1つはいわゆるリベラルでも、諦めている人たちです。多くの一般の人たちは「仕方がない」と諦めている。この空気の蔓延こそが「妖怪による支配」なのです。
国民がその諦めを自覚していない。気がつくのはいつかというと、本当に日本が経済破綻してどん底に落ちた時と戦争で人が亡くなった時です。
上映時間2時間は長いと思うかもしれませんが、本を読んでこの映画に紹介されていることを勉強しようと思ったら大変です。それに比べれば、はるかに楽に、楽しみながら今の日本が分かると思います。そして、映画を観終わったら、今度の選挙はどこに投票すればいいのか、考えてもらえたら嬉しいです。
■『妖怪の孫』
2023年3月17日(金)より新宿ピカデリーほかで全国公開
上映時間:115分/製作:2023年(日本)/配給:スターサンズ
©2023「妖怪の孫」製作委員会
■古賀茂明(こが・しげあき) 1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを歴任。東京電力破綻処理を提唱して民主党政権と対立し、2011年退官。政治経済評論家、古賀茂明政策ラボ代表。「日本中枢の崩壊」(講談社)ほか著書多数。映画「妖怪の孫」の原案となった新著「
分断と凋落の日本」(発行・日刊現代、発売・講談社)が4月刊行予定
元稿:現代ビジネス 主要ニュース メディアと教養 【話題・安倍晋三元首相の軌跡を検証する映画『妖怪の孫』・担当:熊野 雅恵(ライター、行政書士)】 2023年03月17日 06:03:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。