【財務省】:「巧さ」が財政拡張派にスキを与えている
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【財務省】:「巧さ」が財政拡張派にスキを与えている
足元では「103万円の壁」を巡り、減税を中心とした財政拡張を求める声があふれている。むろん、円安やインフレ高進によって家計が疲弊していることがその背景にあるが、財政健全化を主張する財務省の巧妙な国債管理政策が、かえって財政拡張の余地を大きくしてしまっていると、筆者は考えている。
筆者は2021年12月に「財政膨張の原因の一部は財務省の『管理政策』だ」というコラムを書いたが、状況は3年前とまったく変わっていない。
2024年度補正予算の中身を確認しながら整理する。
11月29日に2024年度(令和6年度)の補正予算案が閣議決定され、12月17日、参院本会議で可決され、成立した。歳出規模は約13.9兆円と、今年も大型補正予算となった。「規模ありき」との批判もあり、立憲民主党は減額を求めていた。
確かに、当初予算と比べた大きさは約12.4%と、高水準である。
■「補正」の名にそぐわない大きさ
当初予算の歳出(約112.6兆円)から国債費(約27.0兆円)、地方交付税交付金(約17.8兆円)、社会保障費(約37.7兆円)を除くと、政策として使われている歳出は約30.1兆円となる。この数字には防衛関係費(約7.9兆円)なども含まれており、いわゆる経済対策と言える歳出額はさらに小さい。
このように考えると、補正予算の歳出規模の大きさが際立つ。もはや「補正」という呼び方は正しくないかもしれない。
むろん、予算の硬直化を防ぐ上で補正予算は重要であり、本当に必要であれば機動的に編成されるべきである。しかし、補正予算が大きくなることにより、当初予算の重要性が低下している。
大型の補正予算を意識したような当初予算の編成の甘さが、さまざまな問題につながっている。
そもそも、大型の補正予算を前提に議論が進んでいる可能性が高い。
国民民主党の玉木雄一郎氏は、今回の補正予算の財源として、当初予算からの税収の上振れ(約3.8兆円)、税外収入の上振れ(約1.9兆円)、既定経費の削減(約1.6兆円)を合わせて約7.3兆円あることをもって、「103万円の壁」を大きく引き上げる所得減税のための財源は十分にあると主張している。
むろん、事前に税収を正しく予想することは難しく、多少は余裕を持って見積もっておくことは財政運営上必要だろう。特に、コロナ後の経済の動きは予想が難しい。
しかし、補正予算の段階でこれだけの財源が用意されているとなると、当初予算の段階で補正予算を意識し、余裕を持って予算を作っていたのではないか、という疑いをもたれてしまう。玉木氏の「取りすぎた税金を国民にお返ししないと」という主張に説得力が出てくることになる。
■補正を前提にした当初予算で国債増発
税収が上振れているとはいえ、依然として財政収支は赤字である。したがって、財務省が余裕を持って予算を作っているということは、必要以上に国債を発行しているということである。
仮に当初予算の段階で税収の見積もりを大きくしておけば、国債発行額を減額できたはずである。このように考えると、財政健全化姿勢が強すぎて批判されることの多い財務省ですら、「財政規律がゆるんでいる」と言える。
以上を整理すると、政治主導の「規模ありき」の経済対策・補正予算が常態化してきたことで、財務省はそれを前提に当初予算を策定し、結果的に必要以上に国債が増発されてきた可能性がある。
財務省は伝統的に緊縮財政だと批判されることが多いが、その緊縮財政のスタンスもぶれていると、筆者は考えている。その結果、さらに補正予算が大型化するという悪循環を止めなければ、必要以上に大きい補正予算と財政の悪化は止めることはできないだろう。
短期的な国債市場の安定が重視されることで、財政規律が弛緩している可能性が高い。
2024年度の一般会計当初予算では、税収が約69.6兆円、国債発行などの公債金が約35.4兆円とされていた。公債依存度は31.5%であり、財政悪化は続いている。
結果論ではあるが、税収を正しく見積もることができていれば、当初予算の段階で公債金(つまり国債発行)を圧縮できたはずである。しかし、見積もりは保守的だったことから、結果的に2024年度一般会計補正予算案では、税収が約3.8兆円上振れた。
このように考えると、少なくともこの税収の上振れ3.8兆円は「取りすぎたから国民に返す」のではなく、見積もりが保守的すぎて必要以上に増やしてしまった借金を返す(国債発行を減らす)というのが自然だろう。
■巧妙すぎる国債発行で市場のアラートを封じた
保守的な見積もりになっていたのは、税収だけではない。玉木氏が言うように、税外収入や既定経費の削減といった項目も同様である。
結果的に、約13.9兆円という大型の補正予算が策定されたのにもかかわらず、追加的な公債金(つまり国債発行)は約6.7兆円の増額にとどまった。
このことについて、大幅な財政出動でも「国債市場へのストレスを最小限に抑えることに成功した」と評価する見方もできる。
しかし、一定の財源の存在が前提となったことで必要以上に補正予算による財政出動が大きくなってしまった可能性や、国債市場にストレスを与えなかったことによって金利上昇という財政に対するアラートが発せられなかったことを考えると、中長期的には日本の財政にとって良かったのかどうか、疑問が残る。
国債発行が「巧妙すぎる」ことも、大型の補正予算の常態化につながっている。
特に、後者の金利上昇のアラートが発せられないことについては、国債管理政策が「巧妙すぎる」という「問題点」も影響している。
補正予算案では、公債金が約6.7兆円増額されたが、閣議決定と同時に公表された国債発行計画では、財投債など他の国債の発行が減額されたことで、国債発行総額の増加分は約5.5兆円にとどまった。さらに、定期的な入札によって発行されるカレンダーベース市中発行額はさらに少なく、約2.4兆円である。
なぜ約2.4兆円で済むのかというと、2024年度は第Ⅱ非価格競争入札(※)によって国債発行額が想定以上に発行が多くなっていたこと、前倒し債(前年度までに多めに発行していた年度間調整分)を使ったことがある。
※通常の入札(価格競争入札)が終わった後、プライマリーディーラーが当該入札の平均価格で一定額分だけ追加購入できる。発行額が追加購入のニーズに左右されるため、当初の想定から国債発行額が大きく(または小さく)なる可能性がある。つまり財務省がコントロールできない。
確かに、第Ⅱ非価格競争入札による追加的な国債発行額を事前に予想することは難しい。しかし、財務省がコントロール可能な前倒し債が大きく膨れ上がっているという問題がある。
■国債を多めに発行して貯金してきた
前倒し債については、財務省が公表している「債務管理リポート2024」によると、2024年度は約24.4兆円の発行が予定されているという。すなわち、2024年度中に発行される予定の国債発行総額(当初予算の段階で約187.5兆円)のうち、約24.4兆円は来年度の国債発行のために前倒しで発行するものである。
極論を言うと、すぐに発行する必要のない国債が、かなりの大きさで発行されていると言える。
この金額は、過去に国債を多めに発行してきたことの積み重ねによって蓄積してきた「貯金」と言える。財務省の国債管理政策上は、コロナ禍のように突如として国債発行を増やす必要が生じたときに、ある程度バッファーがあった方が良いという面はある。
しかし、このようなバッファーがあることによって債券投資のリスクが必要以上に軽減され、多少財政が悪化しても問題ない、という環境が常態化すれば、財政が弛緩していく誘因になるだろう。
前倒し債をゼロにすべきとは言わないまでも、前倒し債は最小限にとどめてできるだけ国債発行を減らすべきではないだろうか。
前倒し債が最小限であれば、補正予算のたびに国債の追加発行が必要になり、債券市場は身構えることになる。債券市場が財政悪化を嫌気して金利が上昇すれば、そのこと自体が政治的に財政健全化を促す要因になるだろう。
今回の約13.9兆円の補正予算によって必要な国債発行額(市中発行額)は約2.4兆円にとどまり、割引短期国債の増発だけで済んだ。債券市場の需給を悪化させる長期債の増発はなく、市場への影響はほとんど無風だった。
大型の補正予算がほとんど無風で消化されていくことが、次の大型の補正予算につながっていることは明らかである。
■財政健全化を訴えているのに隙だらけ
財務省は、少なくとも建前上は財政健全化の必要性を訴えている。そのため、「103万円の壁」の問題でも、財務省が抵抗しているとみなされ「財務省SNSに中傷コメント急増、収束見えず 国民民主の躍進影響か」(毎日新聞)という状況である。
しかし、ここまで示してきたように、財務省の予算編成や国債発行の巧みさにより、自然と大型の補正予算に備えた動きが進み、結果的に財政健全化は進んでいない面もある。財政健全化派からは、財務省のスタンスが政治に隙を与え、財政健全化の弊害になっているという見方もできる。
結果的に、財務省は財政拡張派・財政健全化派の双方から批判される流れとなっており、孤立無援である。
解決策を見いだすことは難しいが、まずは補正予算の肥大化を防ぐべく、当初予算ベースで経済対策を盛り込み、補正予算の重要度を落としていく必要があると、筆者は考えている。
■末廣 徹 :大和証券 チーフエコノミスト
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元稿:東洋経済新報社 主要ニュース 政治 【金融・財政・財務省・年収「103万円の壁」】 2024年12月18日 06:02:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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