元日の各紙の社説を読んで感じたことを書いてきましたが、小選挙区制におけるマジック的・トリック的装置によって安倍自公政権が獲得した議席は、圧倒的な国民的支持を得ていないことがいくつかのマスコミによって明らかにされています。
しかし、公然と現行憲法の改悪を政策に掲げている安倍自公政権に対して、マスコミは、過去の歴史を踏まえて果敢に批判を展開しているかと言えば、この間見てきたようにそれはノーといわざるを得ません。一つ紹介します。
「国民は社会保障の確立や雇用の増大など、暮らしに密着した課題の解決を切実に望んでいる。安倍晋三自民党総裁が新首相に就任するのは確実だが、安倍氏には、真に国民が望む政策を着実に実行するよう望みたい」「今回の選挙をめぐり共同通信社が実施した5回の全国電話世論調査によると、有権者が重視する課題は「年金や医療など社会保障」と「景気や雇用」が常に1位、2位を占め、他を引き離した。有権者の望みのありかは明確だ。自民党はそれを銘記してほしい」(琉球新報)という言葉に象徴されています。
これは、国民は景気や雇用など暮らしの改善を求めているので、優先順位を間違えるな式の「提言」や「転機に針路を決めるのは政治の役割だ。しかし、有権者は政治家に白紙委任を与えたわけではない」などの「警告」を発し、「憲法を暮らしに活かす」という点にたって、安倍自公政権などの「憲法改正」派を批判していないことが判ります。
そのことは「そんな中で、日本の針路変更を正面から訴える安倍晋三新政権が本格的に動きだす。日本をどう立て直し、暮らしの安心を実現するか。国民は傍観者ではいられない。果実の分配ではなく、負担の分かち合いの時代でもある。国民一人一人の工夫もまた、問われる」(北海道新聞)などと、国民に責任を転嫁するかのような論陣をはっているのです。
これは現在の日本国の諸事実を現行の憲法というものさしでチェックし、現行の憲法のルールに国民生活に接近させて、活かしていく努力を怠る役割を果たしていると言わざるを得ません。
元日の社説のなかで、戦前の石橋湛山の例を使いながら、今日の政治を論じた新聞、憲法を論じた新聞が少ない中で、憲法を論じた新聞にして、然り、なのです。このことをどうのように考えるか、考えてみました。
そこで、以下の前坂俊之『太平洋戦争を新聞』(講談社文芸文庫)の中の一節を掲載し、現在のマスコミが置かれている状況について、考えてみたいと思います。
新聞が敗北した理由
『東京日日』の社説はどうだろうか。
二月二七日 「独占国善処の外に途なし」
二八日 「仏露相互援助条約」
二九日 「日米間の経済依存」
三月 一目 「騒擾全く鎮定す」
三月 二目 「国民保健の一問題」
三日 「後継内閣組織と軍部」
四目 「慎重なるべき財政策」
三月一日の「騒擾全く鎮定す―転禍為福の一大決心を要す」と、同じ日に高石主筆による「事変に直面して」を掲げ、以後は判決のあった七月五日付「二・二六事件の判決、国民の今後の覚悟」のわずか三本だけである。『朝日』とほぼ同じ数であり、事件への高石の論調も軍部の責任追及よりも、国民の自覚へと論点をズラしたものであった。
「かくの如き非常手段をもって、国家の政治を変更せんとするものが、皇軍のうちから現れたことは、まさに重要軍職にあるものの責である。しかしながら純真なる青年将校が憂国の志に駆られねばならなくなったような事由は、どこに存したか。……大乗的にいえば、わが国民生活の構成員であるわれわれ国民自身が、自ら罪を犯した心特になって自省反思しなければならぬ。この大きな欠陥を修正して、社会正義が平和裡に、立憲的に行わるる社会を現出するの任は、まさに今後のわが国民に下された重大な使命である」(「事変に直面して」)
新聞がこうした節目の一つひとつの事件ではっきりものをいわず、問題の本質を衝かずズルズルと事態を追認していき、気がつけばすでに銃口を眼前に突きつけられ、全面屈伏に追い込まれていたのである。
『時事新報』編集局長で戦前、日本を代表する軍事評論家であった伊藤正徳は、満州事変から二・二六事件までを国運興亡の重大事件が連発し、社説の価値を発揮する絶好の機会が到来したと思った。ところが、残念なことに社説が最も活躍すべきときにしなかったと、伊藤はホゾをかんだ。
伊藤は新聞が敗北した理由を三つ挙げている。
①新聞人の勇気の欠如
②言論に対する抑圧
③新聞の大衆的転化
言論抑圧の日増しの強さ、新聞の大衆化を痛烈に感じながらも、「それでもなお新聞人が勇気を欠いたことは争うを得ない」と断罪している。
「筆者自身もそれを感じたことがある位だから、第三者からみて、主張すべきを主張しなかった怯儒の評を受けることは当然であろう。自ら意気地がないと意識しつつ、渋々ながら筆を矯める必要に迫られたことを筆者自身も体験する。言論生命の為に、一社の運命を一論に賭するの進攻的勇気は敢て求めないにしても、防禦の筆陣を包囲的に展開する程度なら、当然に新聞人に要求されてしかるべきであろう。昭和六年-九年の社説は、この点に遺憾があり、以て社説の社会的価値を増すべき時に減じた観がある」
伊藤がこう嘆いたのは一九三四(昭和九)年の段階であるが、新聞人が何ものかを恐れ、自粛して、言うべきことを言わぬ“義務の放棄”は以後もいっそう顕著になってくる。五・一五事件と比べ、二・二六事件の論説は大きく後退し、軍部のテロを厳しく批判追及する言論はすでになかった。
新聞の勇気の欠如はついに八百長、悲しきピエロになり下ったと批判される始末となる。『中央公論』(一九三六年三月号)は事件の特集を組んだが、その中の稲原勝治「この頃の新聞」はこう書いている。
「この頃の新聞は、誠にダラシがないと、十人寄れば、七、八人までは言って居る。ここに政党に対すると同じく、慢性的不信任の声が、挙げられて居ると見るべきであろう。…この間も或る席で、政治家と、新聞記者との間に、一場の問答が行われた。記者の方では、この頃の政党のザマは何んだ。なっていないではないかと言ったところ、政治家の方では、新聞記者だって、個人的に話して見ると、傾聴すべき議論を持って居るのに、それが少しも紙面に反映されて居ないのは、何ういう訳なのだ。結局水掛け論に終った」
広津和郎も「八百長的な笑い」と題して次のように書いた。静かな口調だが胸に刺さる。「第一の不満は、今の時代に新聞がほんとうの事を言ってくれないという不満です。日本のあらゆる方面が、みんなサルグツワでもはめられたように、どんな事があっても何も言わないという今の時代は、……新聞が事の真相を伝えないという事はたまらないことです。
信じられない記事を書く事に煩悶している間はまだいいと思います。併し信じられない記事を書かされ、『何しろこうより外仕方がないから』と、いわんばかりに八百長的な笑いをエヘラエヘラ笑っているに至っては沙汰の限りです。最も尊敬すべき記者諸君が、これでは自分で自分を墓に埋めてしまう事になると思います」
二・二六事件で言論の自由は完全に息の根を止められた。
新聞が。“悲しきピエロ”になり下がった中で、唯一、真正面から批判したのは東京帝人教授の河合栄治郎(1891~1944)であった。河合は3月9日付『帝国大学新聞』で
「2.26事件」という論文を書き、国民の防衛のために武器を託されている軍人が、その武器によっで国民の信頼に反して、テロに走った点を厳しく批判。「(暗殺された斎藤実、高橋是清らは)ファシズムに対抗する一点に於ては、吾々の老いたる同志」と述べ、「今や国民は国民の総意か一部の暴力かの、二者択一の分岐点に立ちつつある」と書いた。
「暴力の前にいかに吾々の無力なることよ。だが、此の無力感の中には、暗に暴力讃美の危険なる心理が潜んでいる、これこそファシズムを醸成する温床である。暴力は一時世を支配しようとも、暴力自体の自壊作用によって瓦解する」
テロで誰もがふるえ上がった中で、直言批判した河合の勇気はおそるべきである。しかし、批判はマトを射ていただけに、軍の恨みを買い、一九三八(昭和一三)年には『ファシズム批判』『時局と自由主義』など四著が発禁となり、翌年に起訴された。(引用ここまで)
新聞が安倍自公政権に言うべきことを言わぬ「義務の放棄」「悲しきピエロ」「新聞の大衆化」、「節目の一つひとつの事件ではっきりものをいわず、問題の本質を衝かずズルズルと事態を追認」「国民の自覚へと論点をズラし」していく事態は、まさに現代的に言っても教訓的です。
その点で言えば、以下の「朝日」の「社説」は良い教科書です。以下ポイントの部分のみ掲載しておきます。
企業の挑戦―個性に裏打ちされてこそ2013年1月4日(金)付
http://www.asahi.com/paper/editorial20130104.html
だが、日本企業はモノづくりへの自信に溺れ、売る努力の方向性を見失った感がある。正価で売れず値引きし、デフレに苦しむ。 いま一度、自らの製品やサービスの価値を世界に認めさせる力、つまりブランド力を取り戻すために知恵を絞らなければならない。新興国が台頭し、ますます「個性」が競い合う世界の中で埋没しないために。JR九州は、今秋から豪華な周遊列車「ななつ星」を走らせる。由布院(大分)や霧島(鹿児島)、阿蘇(熊本)など5県をめぐる3泊4日コース(2泊は列車泊)は2人で最高110万円。海外の旅行会社からの引き合いも増えている。 移動手段である鉄道を「滞在場所」と位置づけたことで新境地が開けた。ヒントは豪華客船の旅だ。 もっとも、立派な車両や車内サービスだけでは完結しない。立ち寄り先のさまざまな接遇との相乗効果こそ生命線だ。 世界の金持ちを相手にごまかしはきかない。「本物は何か」という厳しい自問と、何より優れた着想力が求められる。 これまでユニークな観光列車で経験を積んできたJR九州にとって、ななつ星は集大成だ。同時に、アジアからの観光客誘致に取り組んできた個性ある地域を結んで、新たな価値を創造する使命も帯びる。(引用ここまで)
民主主義を考える―「私たち」を政治の主語に2013年1月5日(土)付
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
政治不信は深まり、政党の支持者は細った。人々は「支持」よりも「不支持」で投票行動を決めているようにみえる。根の枯れた政党は漂い、浮き沈みを繰り返す。 不支持という負の感情を燃料に、民主主義はうまく動くのだろうか。…どうすれば、人々と政治は、正の感情でつながれるのか。 政治はサービス産業で、私たちは顧客。不満なら業者(政党)を代えればいい――。 そんな感覚なら、幻滅を繰り返すだけだ。少子高齢化が進むいまの日本。だれが政権を担っても、満足なサービスを提供し続けるのは難しいのだから。…期待に応えぬ政治を嘆き、救世主を待つのは不毛だし、危うい。簡単な解決策を語る者は、むしろ疑うべきだ。 市民みずから課題に向きあい、政治に働きかける。政治は情報公開を進め、市民の知恵を採り入れる仕組みを整える。 投票するだけの有権者から、主権者へ。「民」が主語となる本来の民主主義へと一歩、踏み出すしかない。横尾さんは、街を掃除する若者たちのNPO法人「グリーンバード」代表でもある。全国や海外で43チームが活動する。 「みんなで汗をかき、周りから『いいね!』と言ってもらえるのは楽しい。政治もみんなで楽しく、かっこよくやりたい」 賛成だ。私たち自身が主語ならきっと、民主主義は楽しい。(引用ここまで)
この「社説」の問題点は、以下のとおりですが、如何でしょうか?
1.「日本企業は」という「主語」が曖昧です。企業の中身が不問ですが、何故でしょうか?このことは総選挙の際の「各党」論に典型的に表れていました。
2.「世界の金持ちを相手に」という対象にみるように、目線が問題です。働く貧困層や働けない貧困層の激増にあって、さらには限界集落や限界町会などの激増、しかもこれらのコミュニティーがどのような政治の下で大量に生産されてきたか、そこにマスコミはどのように関わってきたか、そこに関わっているピープルを対象からはずしているのです。
3.「日本の企業」がものづくりに「溺れた」原因は何か、「立ち寄り先のさまざまな接遇」を作り出してきたのは何か、その原因を作り出す上で、政治とマスコミはどのような役割を果たしか、不問です。
4.そのことは「政治不信は深まり、政党の支持者は細った」原因解明についても同じです。
5.「どうすれば、人々と政治は、正の感情でつながれるのか」について、「朝日」の記事はどうか、検証が必要でしょう。原発と基地、「日の丸」を考える際にどのような記事を掲載してきたかを見れば明瞭です。「正」の記事の紹介より「負」の記事を強調することで、「政治不信」を醸成してきたのでないのか、です。今「朝日」自身の問いかけに答えるとすれば、「正」と「負」の相互浸透と克服の事例です。そういう意味で、この「社説」は「正」を強調しているようでいながら、「負」に至った経過や原因を無視して「正」を取り上げていますが、改めて、ここでも「朝日」の「上から目線」を象徴しています。
6.確かに「『本物は何か』という厳しい自問と、何より優れた着想力が求められる」「市民みずから課題に向きあい、政治に働きかける」「新たな価値を創造する使命」という命題は間違ってはいません。しかし、こうした視点が、総選挙報道に貫かれたのかどうか、検証されなければなりません。
以上の述べてきた問題点について、戦前のマスコミの犯した過ちは、最大の回答を与えてくれています。