「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

東京大空襲と「勲一等大勲章」

2007-03-10 06:40:53 | Weblog
62年も前の東京大空襲の夜がつい昨日のように思いだされる。
20年3月9日(金)午後11時すぎ,就寝直後、空襲警報で起こ
された。いつもと違い警報が解除されない。風の強い夜だった。
B-29の爆音とともに東北の空が真っ赤に染まった。警報が解除
されたのは10日午前3時、寒くて眠れなかった。

東京大空襲にはB-29,329機が来襲、下町中心に焼夷弾など38
万発を投下した。下町は”火の海”となり約10万人が死亡、27万
戸の家屋が焼けた。焼失面積は東京区部の三分の一に及んだ。
僕が見た真っな空はこの空襲だった。

この東京大空襲のあと3日後には大阪と、連日のように都市への
無差別爆撃が始まった。この爆撃を指揮したのは、当時グアム島
に本拠をもつ米第21爆撃集団のカーチス・ルメイ少将(当時)であ
った。彼は日本の家屋が紙と木で出来ているのに注目、焼夷弾中
心の夜間無差別爆撃を実施した。当時の日本人は彼を”鬼畜ルメイ”
と呼んでいた。

戦争が終って19年目の昭和39年、日本政府は”鬼畜”に「勲一等
旭日章」を授与した。元本土防衛隊の一翼を担い、結果的には空襲
を阻止できなかった源田実参議院議員が推挙者で、推挙の理由は
ルメイが戦後、日本の航空自衛隊の創設に尽力したということだった。

日本中が東京五輪で沸き立ってきたころである。世論も”鬼畜”に勲
章をやることにあまり抵抗はなかった。五輪ボケしていたのであろう。
それにしても数十万人の犠牲者を出した”鬼畜”に勲章をやろうという
神経は日本独特のものだろうか。