謝恩会のシーズンである。きのう孫の学校の謝恩会に出席した娘
から聞いた話である。東京では最近、謝恩会が年々華美に走る傾
向にあるので学校でやる所が多くなった。それはそれでよいのだが
母親にとっては子供の一生一度の謝恩会、それに先生への感謝を
こめての会だからフォーマルな服装が多い。ところが先生方は出席
した5人が5人ともジャージー姿であったという。
”化石人間”の想い出の先生と言えば、国民服に戦闘帽姿である。
国民服というのは戦時中、政府が制定した背広に替わるカーキ色の
服で詰襟風の「甲」と背広風の「乙」とがあった。教室には一段高い
教壇があって先生は、威厳そのもののような存在だった。
先生の服装がいまのようなラフになったのは勿論戦後である。僕の
ような”化石人間”はこれに強い抵抗がある。国民服とはいわないが
少なくとも社会一般のように背広が望ましい。背広でなくとも”見苦し
くない”服装を着てもらいたい。ジャージは確かに動きやすいが、あく
まで運動着である。運動着での謝恩会出席はTPOをわきまえない。
学校という”閉鎖社会”(本当はそれでは困るのだが)では、独自の常
識、非常識があるのかもしれない。一部の先生方はいまだに国歌、国
旗掲揚に反対して訴訟をおこしているが、これは世界どこへ行っても通
ずる常識である。ジャージー姿は学校では常識でも社会では非常識で
ある。
から聞いた話である。東京では最近、謝恩会が年々華美に走る傾
向にあるので学校でやる所が多くなった。それはそれでよいのだが
母親にとっては子供の一生一度の謝恩会、それに先生への感謝を
こめての会だからフォーマルな服装が多い。ところが先生方は出席
した5人が5人ともジャージー姿であったという。
”化石人間”の想い出の先生と言えば、国民服に戦闘帽姿である。
国民服というのは戦時中、政府が制定した背広に替わるカーキ色の
服で詰襟風の「甲」と背広風の「乙」とがあった。教室には一段高い
教壇があって先生は、威厳そのもののような存在だった。
先生の服装がいまのようなラフになったのは勿論戦後である。僕の
ような”化石人間”はこれに強い抵抗がある。国民服とはいわないが
少なくとも社会一般のように背広が望ましい。背広でなくとも”見苦し
くない”服装を着てもらいたい。ジャージは確かに動きやすいが、あく
まで運動着である。運動着での謝恩会出席はTPOをわきまえない。
学校という”閉鎖社会”(本当はそれでは困るのだが)では、独自の常
識、非常識があるのかもしれない。一部の先生方はいまだに国歌、国
旗掲揚に反対して訴訟をおこしているが、これは世界どこへ行っても通
ずる常識である。ジャージー姿は学校では常識でも社会では非常識で
ある。