「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

           ノーベル賞と"駅弁大学”

2008-10-10 04:58:34 | Weblog
ノーベル化学賞を発光生物学者の下村修氏(80)が受賞した。さきの物理学賞の
南部陽一郎氏(86)と益川敏英氏(68)小林誠氏(64)の二人についで、今年は四
人の日本人が受賞、まさに日本の科学界にとっては最高の年である。金融不安や
暗い事件が多い昨今だけに、日本にとって久しぶりに明るいニュースだ。

日本人として初めて湯川秀樹博士がノーベル賞受賞したのは昭和24年だった。敗
戦後、日本人全体がまだ敗戦のショックで立ち上がれず、沈んでいた頃だった。そ
れだけに、湯川博士の受賞は、明るいビッグ・ニュースで、将来への燭光だった。そ
れは当時生まれた子供に「秀樹」と命名した両親が多いことでもわかる。

化学賞を受賞した下村氏のニュースに関連して、初の地方大学出身という報道があ
った。厳密には下村氏は旧制長崎医学専門学校薬学部卒業だが、これまでのノーベ
ル賞受賞者が,旧帝大系大学の卒業に対して、確かに下村氏は違う。下村氏が卒業
した昭和26年は、旧制から新制への移行期で、湯川博士が受賞した24年は新制大学
が発足した年で、各県に一つ大学が誕生したのを揶揄して評論家の大宅壮一は"駅
弁大学”などといっていた。

僕はたまたま下村先生とほぼ同世代なので、先生の青年時代のご苦労がわかる。先
生の同期は、戦争の激化のため旧制4年で卒業、ほとんど勤労動員で学校に行ってい
ない。大学時代も実験器具の不足していた時代だ。先生が研究用の蛙をご家族と一緒
に捕獲している写真をみた。”一生懸命やれば、なんでもできる。途中で投げ出してはい
けない”という言葉に実感がある。