「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

          タラカン島の戦争遺跡

2008-12-07 04:47:32 | Weblog
インドネシア研究家の方からタラカン島の戦争遺跡の写真が添付されたメールを頂
いた。内容はインドネシア人の学生が、さきの戦争の際の日本軍のタラカン島の戦
争遺跡を調べているが、誰か当時のことを知っていたら調査に協力を、といった内容
である。

タラカン島は東カリマンタン(ボルネオ)の島で,旧蘭領時代から油田、給油基地とし
て知られている。第二次大戦中は、この油田をめぐって二度も戦闘があった。昭和
17年、戦争の初期、日本軍の進撃の時と、戦争の末期、20年4月からのオーストラ
リア軍を主体とした連合軍の反撃の時である。写真の遺跡は、日本軍の敗走時の
ものと思われる。この戦闘で日本側は1540名の犠牲者(豪州側発表)を出し壊滅した。

タラカン島は今、日本のマリンスポーツ愛好家の間で知られているが、一般には島が
どこにあるのかさえ知られていない。タラカン島に限らず、敗戦直前、連合軍の反撃
にあった激戦地について、日本人はほとんど知識がない。日本本土の空襲で当時の
戦地の負け戦どころではなかったのである。

残念ながら、こういった戦争遺跡につぃては、戦後一部の生還者によって悲劇が伝え
られているだけだ。この世代のかたも今やほとんどの方が鬼籍に入っておられる。さら
に残念なことは、日本の厚労省が、おかしな偏見から生還者や遺族が戦後現地に犠
牲者を偲んで建てた慰霊碑さえ整理しようとしている。戦争遺跡の調査どころではない
のである。南瞑の地には、まだ帰らぬ遺骨が散乱しており、”ダイハツ”が海中に沈ん
だままになっているのに。