「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

        「平和通り」商店街の歳末売出し

2008-12-29 07:05:53 | Weblog
わが家ではここ10数年、暮の買い物に東京では定番の「アメ横」や「築地」へ行か
なくなった。加齢とともに"食”への執着がそれほどなくなったし、あの人ごみの中
へ出かけるのが億劫になってきた。かわりに乗り継げば無料のバスで行ける近く
の「平和通り」商店街へ出かける。

「平和通り」という変わった名前の商店街だが、このあたりは昭和20年5月の空襲
で焼野原になったところだ。多分、戦後、街を復興するさい、地元の人が平和を願
って命名したものだろう。戦後の一時期「平和」とか「新生」とか言う言葉が街にあふ
れていた頃があった。私鉄の駅から離れていて、地の利は悪いが、昭和30年代の
市場を中心に魅力のある商店街だ。何より物価が安い。

クリスマスが終わったら、またぞろ中東のイスラエルとパレスチナとの間でドンパチ
が始まった。1948年のパレスチナ戦争以来、この地では4回も戦争が起きている。
それぞれの理由はあるにしても"懲りない”人たちだ。元はといえば、西欧大国の無
責任な国境の線引きによるものだが、依然として衝突の背後には大国の蔭がチラ
ホラしている。

100年に一度だという不況だが、見た目には「平和通り」商店街は、普段の年と変わ
らぬ賑わいだ。ガザの町のスーク(市場)は戦火でそれどころではあるまい。空襲
で焼け、瓦礫の山だった「平和通り」周辺を知っているだけに改めて「平和」の幸せを
味あった次第である。