「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

           職安時代の失業対策

2008-12-17 05:35:07 | Weblog
大手企業の”派遣ぎり”が各地から伝えられる。この師走にきて”首”を切られた
人の中には、住む場所さえ追い出された方もいる。昨日、全国187か所のハロ
ーワークに相談窓口が発足したので舛添労働大臣が東京都内の千住「職業安
定所」(ハローワークの旧名)を視察した。職業安定所がハローワークとおかしな
名前に変わった頃から日本の労働行政は”不安定”になってきた、と僕には思え
るのだが。

昭和24年(1949年)4月、政府は緊急失業支援法を公布し、巷(ちまた)にあふれ
る失業者の救済に乗り出した。当時は戦地や外地からの引揚者が多く、戦後の
復旧前なので仕事がなかった。都会にはまだ焼け跡が残っていた時代なので、政
府はこの失対支援法により焼け跡整理を始めた。その時の日給が240円だったの
で,自蔑をこめて”ニコヨン”と呼ばれたが、この緊急対策で路頭に迷わずにすんだ
人が沢山いた。

大分県の国東市と杵築市にはキャノンの工場と関連工場があるが、今回の不況で
非正規労働者1100人が解雇された。両市とも人口3万人代の小さな町だから、この
キャノンの突然の解雇は大変な出来事だ。大都会とは事情が違う。これに対して、
二つ市がいち早く対策本部を設け、市の臨時職員として道路工事などの仕事を提供
したのは快挙である。

年寄りになると、昔のことがよく見えるのだろうか。”ニコヨン”の頃も両市のように
人と人とに助け合いの心があった。”ハローワーク”と呼びかけあっても助けあいの
心がなければなんにもならない。派遣法などといった悪法は見直すべきである。