「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

        あるインドネシア料理店の閉店

2008-12-25 06:47:28 | Weblog
東京で草分けのインドネシア料理店「インドネシア・ラヤ」本店がこの27日で51年
の店の灯をともす。エスニック料理が今のように盛んでなかった昭和32年、新橋
のレンガ通りの花屋の二階にオープンした。創業者の店主は、インドネシアのセ
ラム島から復員してきた第二防疫給水隊の衛生軍曹のN氏(89歳)である。

N氏は戦争中アンボン島に駐屯していた時現地人からインドネシア語を習った。21
年、復員後も独学でこれを続け、政界とのコネを持ち、福田赳夫元総理の訪イの
際には通訳をしたともいわれている。インドネシア要人とのパイプがあり、大のイン
ドネシア人間の一人である。

「インドネシア・ラヤ」は料理店として開店したのではない。オープン時は喫茶店であ
った。その頃戦争中日本人の軍人、軍属と結婚、夫と共に来日したインドネシア人
女性の中には、夫との離婚後、進駐軍の仕事をしていたが、これを解雇され生活に
困っていた。N氏は彼女たちの救済のために喫茶店を開いた。

戦争中、日本人と結婚、敗戦後来日したインドネシア人女性は推定300人だといわ
れている。ジャカルタで日本料理店を開業しているK氏もその一人。十数年までは六
本木で「ブンガワン・ソロ」という店を経営していた。目黒のインドネシア大使館近くの
「せでるはな」の先代もバリにあった海軍民政局の軍属で奥さんをつれて戦後来日、
お嬢さんは日本で女医をしている。

戦争にまつわる個人的な「秘話」も歳月の経過と共に忘れられてゆく。「インドネシア・
ラヤ」の閉店で、またその一ページが消えていった。