「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

      自由が丘 この半世紀の変わりよう

2009-10-20 05:43:08 | Weblog
昨日、岐阜から上京した先輩を招き、在京のこれまた先輩二人と一緒に「近
衛歩兵連隊」のささやかな"戦友会”を持った。僕を除けばみな90歳という超
高齢である。会場は自由が丘駅から近い、昔住宅街だった一角のしもたやを
を改造したような日本料理店だが、流行の"隠れ家”みたいな雰囲気があって、
いつも女性客で一杯、予約をいれないと入れないほどの盛況ぶりだ。(写真)

自由が丘の変容は東京でも一、二ではないだろうか。料理店のあるあたりは戦前
は九品仏の池(今は埋め立てられてない)から小川が流れていたが今は暗渠と
なり、現在魚菜学園がある場所には、藁葺きの廃墟が戦後かなりあとの時期
まで残っていた。近くを走る大井町線の引っ込み線には黒柳徹子さんのベストセ
ラー「窓ぎわのトットちゃん」が通っていた「トモエ学園」の車両校舎もあった。

自由が丘の正面口広場のあたりは、昭和20年5月23日深夜の空襲で焼けた。戦
前は駒沢ゴルフコース(現在の駒沢公園)へ行くキャデイさんのバスが出ていたほ
ど郊外ののどかな駅だったのに、なぜB-29は、こんなところにまで焼夷弾を落とし
たのだろうか。当時、隣駅の近くに住んでいたわが家にもその破片が落ちてきた。

戦後すぐ駅前広場の近くに「南風座」という映画館が建った。またショッピングモール
のはしりともいえる「ひかり街」が東横線に沿って出来た。その頃から自由が丘は徐
々に変わってきたが、今のような”しゃれた町”になるとは想像もしなかった。戦前東
京府荏原郡衾(ふすま)村だった当時は"田舎の香水”がただよっていた田園だった
が、大変な変わりようだ。