「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

        戦中戦後停電が日常的にあった時代

2011-07-06 06:07:32 | Weblog
日本ぐらい電力供給が安定している国はない。すこし古い統計だが2001年02年の世界の平均年停電日数は米国73分、英国63分、フランス57分に比べて日本は9分と飛びぬけて少ない。日本人の多くは”停電はないもの””あってもすぐ復旧”されるものと思っている。今回の3・11大震災の後東京電力管内では意図的に計画停電が実施され、市民は改めて停電が社会生活に及ぼす影響の大きさを実感した。

首都圏では1987年(昭和62年)7月23日、猛暑による急激な電力使用量の増加で280万世帯が停電した。しかし、この大停電でも長くてもせいぜい3時間半だった。僕も当時八王子市に住んでいて停電の影響を受けたはずなのだが、もうほとんど記憶にはない。しかし戦争を体験した僕らの世代は、停電は日常的であった。

昭和20年6月6日の亡父の日記には”12日ぶりにやっと電灯がつき気も心も明るくなり、ラジオも聞け心強く覚ゆ”とある。当時わが家は目黒区にあったが、5月24日深夜の大空襲で山手地区が壊滅的な被害にあい、日記にあるように12日間も電気のない生活を送っていた。敗戦間際は電力は極度に逼迫し、動員されていた僕らの軍需工場は日曜以外に週1日の「電休日」があった。戦後も停電はしょっちゅうあり、試験前夜困った僕は電車の車内で勉強した記憶がある。

今夏も猛暑が予想され、大震災による電力不足から節電が叫ばれ、すでに大企業をはじめ一般家庭でも節電対策がとられている。これまで日本人は、電力に恵まれすぎてきたのかもしれない。戦中戦後のあの時期と違って、社会インフラは複雑化してきており、停電が起きたら重大事である。大震災は結果的には電力の大切さを僕らに教えてくれた。