「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

       「靖国」は国民を戦争に駆り立てたか?

2011-08-15 05:29:38 | Weblog
66回目の終戦記念日だが、また例によって総理や閣僚が靖国神社を参拝したかどうかが、かってほどではないが新聞紙上で話題になっている。菅内閣は昨年についで全閣僚が参拝しないそうだ。僕はこれにあえて賛意を示すわけではないが、終戦記念日には国民あげての「全国戦没者追悼式典」が毎年行われており、公式行事として総理や閣僚がこの日に靖国神社を参拝する必要はないと前から思っている。

8月15日は靖国神社の祭日でもなんでもない。昔から例大祭は春と秋の二回で、春は4月30日、秋は10月23日と日にちまで決まっていて、東京の小学校では学校が休みだった。僕の記憶の中にも例大祭の日の靖国神社の賑わいがある。境内には所せましと見世物小屋が出ていた。僕が毎年見たのは、大きな円筒の建物の中をオートバイが猛烈なスピードで上り下りする曲芸だった。

戦後、終戦記念日に総理が参拝することが当然視され、行かないとまるで非国民のようにいわれ、一方参拝すると、近隣諸国から”袋叩き”されるようになったのはいつ頃からであろうか。中曽根総理の頃からであった気がする。中曽根さんは従軍世代であり、多分戦争で亡くなられた戦友のことを想い、一方、敗戦から立ち直った国の現状を終戦記念日に報告したい気持ちがあったのであろう。どうも、これを一部のマスコミが”政局”に利用し、さらに中国がこれを反日の具に使用したようだ。中曽根以前の総理で8月15日に靖国神社に参拝しない人は沢山いる。

江田五月法務大臣が靖国神社に参拝しない理由として”靖国神社は国民精神を戦争に駆り立てた役目をしていた”と言っていた。昭和16年生まれの、ほとんど戦争の記憶のない人である。果たして靖国神社は、国民を戦争に駆り立てただろうか。昭和16年選定の小学校唱歌に「靖国神社」という歌があるそうだが、僕はならった記憶がない。たとえ習ったとしても靖国神社に祀られたいと思っただろうか。

当時の歌には”靖国の宮で逢おうを合言葉”(「靖国神社の歌」)といった類の歌がたしかにあったが、果たして、靖国神社によって国民は進んで戦争へ行きたいと駆り立てられただろうかー。