「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

        インドネシア従軍体験者の強い思いと現実

2011-08-18 06:30:44 | Weblog
昨日のインドネシア独立記念日に参席した従軍体験者は僅か二人であった。91歳のY氏と90歳のI氏だけである。インドネシア関係の催しには必ず顔を出し、写真を撮っている、日イ関係者の間では”超有名人”の別のI氏も今年は顔を見せなかった。やはり歳月の流れである。従軍経験者の大半は、明治大正生まれだが、大正15年生まれでも、もう85歳の高齢である。

今回の記念日の招待について、在日インドネシア大使館では事務的なことから招待状の発送が遅れ、1週間前になって、僕が大使館に提出した名簿に基づき連絡をとった。大使館では時間が迫っているので、電話連絡したが、何分超高齢者ばかりである。耳が遠くて話が通じない人、大使館ではFAXで発送したかったが、FAXを持ってる人は少なく苦労されたようだ。

僕は名簿を提出するに当たって、ご本人が元気な方だけを選んだ。が、ご本人が元気でもご夫婦が元気でない限り、超高齢者の場合,もう外出はよほどのことがない限り困難になってきている。僕が記念式典に出席して留守の間、毎年元気に式典に顔を出していたS氏からわが家に電話してきて応対に出た老妻に対し、出席できない理由として奥さんが4か月前から入院、ご本人は元気なのだが、家族がs氏が勝手に外出するのを心配して外出着をどこかに隠していまったという。

戦争中、スカルノ(初代大統領)の長男、グントゥールを抱っこしたのを自慢しているOさん90歳も式典への参加を楽しんでいたが、当日になって出席できないと断りの電話をしてきた。はっきり言わなかったが、ご家族の反対があった模様である。西カリマンタンのポンティアックの虐殺事件に関与したとして、まったく無関係なのに戦後オランダによって1年間も未決のまま刑務所に入れられ、暴行を受けたM氏、96歳も出席を希望されていたが、こちらから事前に丁重にお断りした。これほどまでに従軍体験者が独立インドネシアに思いを寄せる理由は何なのか。ここに当時の若者たちが抱いていた大東亜戦戦争への大義があると僕はみた。