昨夜NHKラジオの第二の文化講演会で、昭和史研究家、保坂正康氏の「昭和史から学ぶ」を聞いた。保坂氏は講演では終始「太平洋戦争」という呼称を使用していた。「太平洋戦争」という呼び方は、戦後GHQの占領政策の一環として、なかば強制的に日本国内で使用されたものだが、すでに日本の社会では定着している。だから、僕は保坂氏が、これを使うからケシカランと腹を立てるほど偏狭ではない。
可笑しいのは「大東亜戦争」について”古い人が使うのは構わないが、若い人が使用するのは問題だ”といった意味の発言していた。”古い人”に属する僕だが、これは昭和史研究家としてはおかしいと思う。あえて「釈迦に説法」だが「大東亜戦争」という呼称は昭和16年12月12日、東條内閣が閣議決定したもので”支那事変を含む今次戦争”の正式呼称である。
これに対して「太平洋戦争」は、米国からみた戦域による呼称である。その戦域は米国西海岸からアラスカ、オーストラリアまでの太平洋の広い戦域だが「大東亜戦争」は、中国大陸からインド亜大陸、インド洋のアフリカ東海岸にまでに及んでいる。事実、インド洋のべンガル湾のアンダマン諸島には、海軍第12根拠地隊が敗戦まで、ここに陣地を置いていたし、緒戦にはセイロン(スリランカ)のコロンボまで空爆している。
”古い人”の僕から言わせれば、一般人向けの文化講演会といえども「大東亜戦争」という呼び方は内閣で閣議決定された正式呼称だが、戦後の連合軍の占領政策の結果、「太平洋戦争」の呼び方が、わが国では一般化されてきた経緯についても触れるべきである。歴史に忠実な”若い”研究家が「大東亜戦争」を語ってはいけない、というのは偏狭である。
可笑しいのは「大東亜戦争」について”古い人が使うのは構わないが、若い人が使用するのは問題だ”といった意味の発言していた。”古い人”に属する僕だが、これは昭和史研究家としてはおかしいと思う。あえて「釈迦に説法」だが「大東亜戦争」という呼称は昭和16年12月12日、東條内閣が閣議決定したもので”支那事変を含む今次戦争”の正式呼称である。
これに対して「太平洋戦争」は、米国からみた戦域による呼称である。その戦域は米国西海岸からアラスカ、オーストラリアまでの太平洋の広い戦域だが「大東亜戦争」は、中国大陸からインド亜大陸、インド洋のアフリカ東海岸にまでに及んでいる。事実、インド洋のべンガル湾のアンダマン諸島には、海軍第12根拠地隊が敗戦まで、ここに陣地を置いていたし、緒戦にはセイロン(スリランカ)のコロンボまで空爆している。
”古い人”の僕から言わせれば、一般人向けの文化講演会といえども「大東亜戦争」という呼び方は内閣で閣議決定された正式呼称だが、戦後の連合軍の占領政策の結果、「太平洋戦争」の呼び方が、わが国では一般化されてきた経緯についても触れるべきである。歴史に忠実な”若い”研究家が「大東亜戦争」を語ってはいけない、というのは偏狭である。