三菱マテリアル社が戦時中の米軍捕虜に対する謝罪に次いで今度は戦時中日本で強制労働させられたとする中国人にも総額80億円に上る補償金を支払う旨裁判で係争中の相手側交渉団に提示したという。相手側は、これを否定しているが、もし事実とすれば、総て戦時中のこの種の問題はみな解決済みとする日本政府の立場(昭和47年日中共同声明)に反するものだ。今、何故三菱マテリアルは、謝罪し補償に応ずるのだろうか。
戦後70年節目の年だとして安倍総理が発表する「談話」が内外から注目されている。なかでも総理が先の戦争について”反省”するか”謝罪”するかについて言葉は悪いがかしましすぎる。総理ははっきりと「村山談話」や「小泉談話」の精神を引き継ぐと公言している。にもかかわらず、一部のマスコミは安倍総理が「侵略」を否定し、戦争賛歌の談話を発表するかのように、世論をリードしている。まさか三菱マテリアルの一連の「謝罪」は、この風潮に関係あるとは思いたくないのだが気になる。
戦争の”ケジメ”の年となれば、今年70年が多分最後の年であろう。直接戦争に従軍した世代もまだおられるし、僕ら小国民世代も健在である。しかし、10年後の80年では、おそらく直接戦争を体験した日本人が数少なくなってしまう。そして、今以上に戦争体験が風化したり、誤り伝えられるかもしれない。そこで、小さな戦争体験者の一人として後世に残したいのは、我々の先人たちは,決して謝罪するほど悪者ではなかったということだ。すべて「戦争」がなせる罪悪なのである。
戦後70年、われわれは先の戦争の反省に立って新しい日本を築き上げてきた。安倍総理は率直に70年談話でこれを世界に訴えればよい。外野席からこれに妨害するような動きは慎むベきである。
戦後70年節目の年だとして安倍総理が発表する「談話」が内外から注目されている。なかでも総理が先の戦争について”反省”するか”謝罪”するかについて言葉は悪いがかしましすぎる。総理ははっきりと「村山談話」や「小泉談話」の精神を引き継ぐと公言している。にもかかわらず、一部のマスコミは安倍総理が「侵略」を否定し、戦争賛歌の談話を発表するかのように、世論をリードしている。まさか三菱マテリアルの一連の「謝罪」は、この風潮に関係あるとは思いたくないのだが気になる。
戦争の”ケジメ”の年となれば、今年70年が多分最後の年であろう。直接戦争に従軍した世代もまだおられるし、僕ら小国民世代も健在である。しかし、10年後の80年では、おそらく直接戦争を体験した日本人が数少なくなってしまう。そして、今以上に戦争体験が風化したり、誤り伝えられるかもしれない。そこで、小さな戦争体験者の一人として後世に残したいのは、我々の先人たちは,決して謝罪するほど悪者ではなかったということだ。すべて「戦争」がなせる罪悪なのである。
戦後70年、われわれは先の戦争の反省に立って新しい日本を築き上げてきた。安倍総理は率直に70年談話でこれを世界に訴えればよい。外野席からこれに妨害するような動きは慎むベきである。