「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

敗戦記念日を休日に 陛下の靖国親拝再開を

2018-08-14 07:35:56 | 2012・1・1
昭和20年8月15日ー日本が戦争に負けた73回目の「終戦記念日」がめぐってくる。小ブログは平成18年から書き始めているが、毎年決まってこの日前後になると、防空壕で母親と聞いた天皇陛下の終戦の「玉音」の体験談や、当時の庶民の受けた敗戦のショック、あるいは戦後の総理大臣の靖国神社参拝の是非などについて書いている。今年も再び同じ話を。戦争を体験した僕ら世代は書かざるをえない。

11年前の平成19年8月15日の小ブログ”命ささげし人びと 終戦記念日”では、第一次阿部改造内閣閣僚16人全員がそろって靖国神社参拝しなかったことに触れ、ブログ冒頭に昭和天皇の御製の歌”国のため命捧げし人々のことを思えば胸迫る”(昭和34年)を紹介している。この歌は千鳥ヶ淵の戦没者慰霊碑に刻まれている。僕は総理大臣の8月15日の靖国神社参拝には賛成ではない。この日には政府主催の「戦没者追悼式典」が行われ、天皇陛下が参席、総理大臣以下全閣僚が英霊に黙祷を捧げている。

昭和の御代の「戦没者追悼式」も明日で終わりである。しかし、海外の激戦地では113万柱の英霊のご遺骨が未回収のままである。戦前生まれの世代が二割となり、戦争の記憶も残念ながら薄れてきている。僕はこの際、8月15日を国民の休日とし、追悼式典にあわせて、正午には黙祷をさげることを提案したい。あわせて戦争体験者の今上陛下の靖国神社参拝をお願いしたい。
「露営の歌」(昭和12年)(薮内喜一郎作詞 古関裕而作曲)
思えば今日の戦いに 朱(あけ)に染まってにっこりと天皇陛下万歳と笑って死んだ戦友が残した声が忘らりょうか
「同期の桜」(昭和18年) (帖佐裕編作詞 大村能章作詞)
貴様と俺とは同期の桜 離れ離れtと散ろうとも花の都の靖国神社花の梢に咲いて会おう
銃後の小国民だった僕も80年前、この歌を歌った。