義姉のお通夜と告別式に参列した。今月初めに脳梗塞で倒れ、僅か半月で
この世を去った。80歳。女性としては平均寿命以下だ。葬儀は善光寺の
ある長野市で、浄土真宗大谷派で行われた。東京生れ、東京育ち宗派が浄
土派の僕にとっては、すべてがま新しかった。
お通夜は自宅で執り行われた。昔は東京でもそうだったが、最近は住宅事
情からまず、なくなった。ご遺体のそばで住職の先導でお経を唱和する。
そのあと親しい者が集まって故人を偲びながら、お斉き(おとき)をする。
東京では、このようなお通夜は今なくなった。葬儀場で形ばかりのお通夜
の儀式が行われ、形だけの飲食があるだけだ。
告別式は市内の法事センターで行われたが、僕が目を見張ったのは参列者の
数の多さだ。義姉は普通の主婦である。それなのに会場はお焼香に列ができ
3百人は参列していた。平日の午後4時からの式である。そのあと再びお斉
きのご馳走である。お斉きは昔ながらの儀式で行われ、北信流の謡でしめら
れる。
東京では葬儀自体が形骸化してきた。そして、これを嫌う人の中には宗教色
を抜きにした”お別れの会””偲ぶ会”が流行している。僕個人はけっして
信仰心が厚いとは思わない。しかし今回、義姉の葬儀に参列して、昔から続
く儀式に心をうたれた。やはり理屈を抜きにして伝統の儀式には日本人の心
がる。
この世を去った。80歳。女性としては平均寿命以下だ。葬儀は善光寺の
ある長野市で、浄土真宗大谷派で行われた。東京生れ、東京育ち宗派が浄
土派の僕にとっては、すべてがま新しかった。
お通夜は自宅で執り行われた。昔は東京でもそうだったが、最近は住宅事
情からまず、なくなった。ご遺体のそばで住職の先導でお経を唱和する。
そのあと親しい者が集まって故人を偲びながら、お斉き(おとき)をする。
東京では、このようなお通夜は今なくなった。葬儀場で形ばかりのお通夜
の儀式が行われ、形だけの飲食があるだけだ。
告別式は市内の法事センターで行われたが、僕が目を見張ったのは参列者の
数の多さだ。義姉は普通の主婦である。それなのに会場はお焼香に列ができ
3百人は参列していた。平日の午後4時からの式である。そのあと再びお斉
きのご馳走である。お斉きは昔ながらの儀式で行われ、北信流の謡でしめら
れる。
東京では葬儀自体が形骸化してきた。そして、これを嫌う人の中には宗教色
を抜きにした”お別れの会””偲ぶ会”が流行している。僕個人はけっして
信仰心が厚いとは思わない。しかし今回、義姉の葬儀に参列して、昔から続
く儀式に心をうたれた。やはり理屈を抜きにして伝統の儀式には日本人の心
がる。