Kinema DENBEY since January 1. 2007

☆=☆☆☆☆☆
◎=☆☆☆☆
◇=☆☆☆
△=☆☆
▽=☆

夏の妹

2012年10月04日 12時29分12秒 | 邦画1971~1980年

 ◎夏の妹(1972年 日本 96分)

 監督・脚本 大島渚

 出演 栗田ひろみ、石橋正次、りりィ、小山明子、殿山泰司、佐藤慶、小松方正、戸浦六宏

 

 ◎昭和47年(1972)5月15日、沖縄返還

 その昔、小松方正は学生運動で投獄された佐藤慶の好きだった小山明子を犯し、それを知った佐藤慶は出獄後にその好きだった小山明子をまた犯し、今はあれこれあって沖縄で近くに暮らし、三人で酒を酌み交わすという異常さ。また、戦時中の沖縄でいろいろな不条理を目撃した殿山泰司は誰かに殺されたいと希望し、いろいろな不条理を体験したことで憎悪の塊と化している照屋林徳こと戸浦六宏は誰かを殺したいと渇望している者同士が釣り船で沖へ出て殺されたい側を殺したい側を海へ突き落とすことになる不条理さ。父親つまり小松方正の後妻になろうとしているピアノ教師りりィを、娘つまり栗田ひろみの生き別れになって沖縄に暮らしている小山明子の息子石橋正次がやはり犯すという近親相姦にもにた相関図。

 いやまあ、アイドル映画とはおもえないめちゃくちゃさ。

 くわえて、殺されに来たんだという殿山泰司は「そうか、沖縄だから女の子ひとりじゃな」と納得する状況の沖縄。え?そんなに当時の沖縄って危険だったのか。てか、おい、麦酒呑んでるけど栗田ひろみ何歳だよ。昼間っから生ビールだけじゃなくて缶ビールまで呑むかい?そんなことより、ゴザの女性の25人に1人が売春していたという話とかしていいわけ?という作品世界。

 そんなくそったれな世界がまぶしい光にあふれた沖縄に展開するんだけど、目のやり場に困って仕方のない超ミニの栗田ひろみの健康的すぎる腿と、舌っ足らずなことこの上ない台詞まわしと、あまりにも素人じみてて無邪気で頭の悪そうな表情の作り方が最後まで気になるものの、当時ぼくたちの憧れの青春スターだった石橋正次のいかにも当時を匂わせるワルぶった可愛いワルに救われる気分だ。

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大地の子守歌

2010年02月16日 19時51分12秒 | 邦画1971~1980年

 ◇大地の子守歌(1976年 日本 111分)

 監督/増村保造 音楽/竹村次郎

 出演/原田美枝子 佐藤祐介 岡田栄次 梶芽衣子 田中絹代 賀原夏子 灰地順 木村元

 

 ◇広島県呉市大崎下島御手洗の売春茶屋

 生命力はすごく感じた。

 邦画がまだ日本の泥臭い風土を描いていた時代、登場人物も嘘臭いほどの生命力があった。主役のおりんもだ。当時は折檻されてたわわな乳房が零れる場面ばかり宣伝されてたけど、それもまた時代というものなんだろう。まあ、文化芸術ってのはキワモノすれすれのところで描かれてるってことの証明みたいなものだけど、当時、高校生だったぼくもそれに乗せられたひとりでしかない。

 とはいえ、原田美枝子の過剰なほどの演技は衝撃的ですらあったけどね。

 まあ、いかにも増村保造らしい作品っていえるんだろう。

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ノストラダムスの大予言

2009年07月31日 01時58分16秒 | 邦画1971~1980年

 ◇ノストラダムスの大予言(1974年 日本 114分)

 英題/Catastrophe 1999

 監督/舛田利雄 音楽/富田勲

 出演/丹波哲郎 黒沢年男 由美かおる 司葉子 山村聡 岸田今日子 平田昭彦 志村喬

 

 ◇丹波さん、熱すぎ

 ニューギニア原住民が放射能汚染されて射殺され、バイクはがんがん崖から飛び込み、妊娠したのよと恋人に告げた海岸で駆けっこしたかと思えばいきなりモダンバレエを踊り始めるか由美かおる!しかもハイヒールで。

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江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者

2009年06月30日 19時33分52秒 | 邦画1971~1980年

 ◇江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者(1976年 日本 76分)

 監督/田中登 音楽/蓼科二郎

 出演/宮下順子 渡辺とく子 中島葵 秋津令子 石橋蓮司 八代康二 長弘

 

 ◇誰しもが一度は撮りたい原作

「たぶんそれは一種の精神病ででもあったのでしょう」

 原作からはかなり逸脱した観はあるけど、田中登なりの耽美さで乱歩の世界を描こうとすればこうなるんだっていう見本のような作品になってんだろうね。

 乱歩は周期的に映像化されるけど、多くの場合、その出来栄えにがっかりする。ほんとにどうしようもない作品が羅列されちゃうんだけど、そうした中でこの作品はそれなりの異彩を放ってた。まあ実際、ピエロが登場するのもこれだけのような気もするしね。随所に感じるもどかしさっていうか。屋根裏という理想的な世界の美しさ、ピエロとのまぐあいの厭らしさ、人間椅子の官能さなどは滑稽さはありながらも幻想的な美しさがなければいけないのに低予算のせいか時代のせいかもどかしいんだな、なんとなく。

 ところで、ぼくも乱歩には夢中になった。中学生の頃だった。講談社の金文字箱入り上製本の全集が毎月発刊されるのが楽しみで、かならず買い求め、ひたすら読み耽ったもんだ。

『屋根裏の散歩者』もそうした中で読んだ。いかにも乱歩らしい独白調の作品で、その特徴的な文章に勝る映像はいまだに出会ってない気がするんだよね。

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伊豆の踊子(’74)

2009年01月20日 18時07分22秒 | 邦画1971~1980年

 △伊豆の踊子(1974年 日本 82分)

 監督/西河克己 音楽/高田弘

 出演/山口百恵 三浦友和 中山仁 佐藤友美 石川さゆり 浦辺粂子

 

 △ぶっとぶぞ、ラストカット

 当時を回想するのは再登場の宇野重吉。といっても、ナレーションだけだけどね。

 おもってみれば、この作品は、中学校のときに友達をこぞって出かけた最初の映画じゃないかっておもう。

 あ~、年食ったな~っていう感慨はおいといて、一高生が旅をした時代の船とはおもえないくらいに立派な客船に乗って帰っていくラストは、当時、すんなりと観ちゃってたけど、その後がなんともすごい。アイドル映画のラストカットとは思えない衝撃だ。

 なんつっても、百恵ちゃんが踊りを見せていると、酔客にいきなり抱きすくめられ、きゃっという叫びも束の間、ぱんっと終わっちゃうんだから、いやあ、西河克己、根性みせたな~。

 まあ、そんな反骨的な監督魂はさておき、百恵ちゃんも友和さんも初々しい。

 当時、百恵ちゃんが風呂桶から飛び出し、友和さんに手を振るところが話題になって、肉襦袢を着て撮影しただのなんだのという芸能記事を読んだおぼえもある。それに興奮したとかいうんじゃなくて、へ~そんなことするんだ~って感心しただけだったような気がする。

 そもそも、活字嫌いの僕は、たぶん、いまだに『伊豆の踊子』を読んだことすらないだろうしね。最初の数行でひよった憶えはあるから、それなりに挑戦しようとしたのかもしれないんだけど、当時のぼくは、そんな体たらくさだった。

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江戸川乱歩の陰獣

2008年06月21日 01時14分43秒 | 邦画1971~1980年

 ◎江戸川乱歩の陰獣(1977年 日本 116分)

 監督/加藤泰 音楽/鏑木創

 出演/あおい輝彦 香山美子 若山富三郎 大友柳太朗 加賀まりこ 桜町弘子 野際陽子 倍賞美津子

 

 ◎乱歩物の傑作

 乱歩の『陰獣』を初めて読んだのはいつだったんだろう?

 たぶん、中学の3年だったんじゃないかっておもうんだけど、その前に女性向けの週刊誌に漫画が連載されてて、それはたしか『陰獣』っていうタイトルじゃなかったような覚えがある。楳図かずおだったか、もしかしたらちがってるかもしれないんだけど、最後まで読みとおした記憶はない。

 ま、そんなこんなで、なんでかしらないけど、ぼくはこの映画を封切で観た。

 おもしろかった~!

 なにより、

「ああ。お静さんがそんな事を…」

 とおもった。

 銭形平次の恋女房お静と小山田六郎夫人静子が重なり、なんともいえない倒錯的な感じになったもんだ。なるほど、こういう効果を狙った香山美子のキャスティングだったのか~とかって当時はおもったわけです。それはともかく、当時のあおい輝彦はとってもバタ臭くて、神経質な役がよく似合ってた。

 乱歩作品はたいがい映像化は失敗してて『陰獣』も何度か映画化されてるけど、どれもこれも好かない。

 そういう中では、この作品は出色の出来映えなんじゃないかと。

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女王蜂(1978)

2008年06月13日 00時37分14秒 | 邦画1971~1980年

 ☆女王蜂(1978年 日本 139分)

 監督/市川崑 音楽/田辺信一

 出演/石坂浩二 高峰三枝子 司葉子 中井貴恵 沖雅也 加藤武 大滝秀治 岸惠子 仲代達矢

 

 ☆追悼市川崑その13

 舞台が伊豆と能登と京都に分かれるため、散漫になりがちな所を見事に纏めたのは脱帽。

 カットの美学も復調し、編物の暗号も良だし、口紅との宣伝タイアップがわざとらしい以外は、さすがとしかいいようがない。

 いやまじで、加藤武の「また遭おう」は泣かせる。

 音楽もなんというかドラマチックで、金田一シリーズの中では突出して能動的だ。

 たぶん、市川崑はこの作品で金田一を締めくくるつもりだったんじゃないだろか?

 そんなふうにおもえるくらい、横溝物の集大成として臨んだ観が感じられるんだけど、そうじゃないのかな?

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獄門島(1977)

2008年06月12日 10時58分37秒 | 邦画1971~1980年

 ◎獄門島(1977年 日本 141分)

 監督/市川崑 音楽/田辺信一

 出演/石坂浩二 司葉子 大原麗子 草笛光子 太地喜和子 浅野ゆう子 加藤武 佐分利信

 

 ◎追悼市川崑その12

 なにしろ、横溝物は、当時、すさまじい勢いだった。

 映画各社がこぞって金田一をやるし、テレビも延々とシリーズ化された。でも、どれも、市川崑の金田一物にはかなわなかった。そう、すくなくともぼくはおもってた。ただ、この『獄門島』はちょっとだけ物足りなかった。

 どこがだよ?と聞かれても、困る。

 画面にワイドになったのがいちばんの原因のような気もするんだけど、やけに間延びした感じがした。

 間延びってことに関していえば、俳句の見立てを知るのが遅すぎるような気がするんだけど、どうかしら?

 それと、季違いは木違いの方が良いような気もする。

 ただ、この作品が影響を与えたものは少なくなく、たとえば『トリック』なんかはもちろんそうだ。けど、あらためて観直して、序幕の『トリック』がパロディに使ってる部分は、役者を使って欲しかったような気もする。

 あ、それと、松田優作が出演してるんだね。これには、さすがにびっくりした。冒頭に登場するんだけど、台詞は無し。なんでカメオ出演してるのかわからないんだけど、当時、なにがあったんだろう?

 まあ、それはともかく、全体に緊張感が薄くて散漫な感じがするのは、島という閉鎖された空間ながら、山間の閉ざされた集落から海という開放された空間に一転したことが、そんなふうに感じちゃった要因なのかもしれないね。

 でも『獄門島』って、季違いのトリックだからかどうかわからないけど、なかなかテレビとかで観る機会はないし、劇場でも上映されない。

 どこかで金田一シリーズの一挙上映とかしてくれないかな~。

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悪魔の手毬唄(1977)

2008年06月11日 10時21分20秒 | 邦画1971~1980年

 ☆悪魔の手毬唄(1977年 日本 144分)

 監督/市川崑 音楽/村井邦彦

 出演/石坂浩二 岸惠子 仁科明子 北公次 永島暎子 渡辺美佐子 草笛光子 加藤武 若山富三郎

 

 ☆追悼市川崑その11

 序幕からカットは鮮烈。見た後すぐ見たくなる。

 重箱の隅を突くと、樽に服を着て落としたのに裸で発見されたのはなんで?

 とか、

 庄屋にもっと容疑をかけないと唄に合わせて殺す理由がわからなくならない?

 とかいったことはあるけど、そんなちっぽけなことは、駅の別れで、

「リカさんのことを愛しておられたんですね」

「え?なんですかぁ?」

 というやりとりのあとに見えてくる駅名が出た途端、なにもかもふっとんじゃうんだ。

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犬神家の一族(1976)

2008年06月09日 15時48分14秒 | 邦画1971~1980年

 ☆犬神家の一族(1976年 日本 146分)

 監督/市川崑 音楽/大野雄二

 出演/石坂浩二 島田陽子 あおい輝彦 坂口良子 岸田今日子 加藤武 高峰三枝子 三國連太郎 佳那晃子

 

 ☆追悼市川崑その9

 当時、高校2年生だったぼくは、この映画の封切がものすごく愉しみで、観る前から主題曲も口ずさめるほどになってて、で、封切られるや、わくわくしながら観に行き、どえらく興奮しながら帰ってきた。まあ、角川映画の宣伝にまるっきり乗せられた観はありありだけど、それでも、映画少年の心をゆさぶるには充分すぎる中身だった。

 隅の隅のまた隅まで行き届いた演出と編集と美術。光と音の冴えをもった映画はこういう映画だっていう見本だよね。

 それにしても役者達の若い事若い事。ヒロイン像がいかにも日本的な理想像とされているのが時代を匂わせるわ。

 でもなにより「すけきよ」と当時から盛んにいわれた「波立つ水面から突き出た足」だが、これはやっぱり青木湖にモニュメントとして建てるべきだとおもうんだな。いや、実際、このときの石膏は砧の撮影所に残ってるんじゃないかな?

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愛ふたたび

2008年05月17日 19時41分47秒 | 邦画1971~1980年

 ◇愛ふたたび(1971年 日本 95分)

 監督/市川崑 音楽/馬飼野俊一

 出演/浅丘ルリ子 ルノー・ベルレー グラシエラ・ロペス・コロンブレス 桃井かおり

 

 ◇追悼市川崑その7

 音楽が、どうしてもぼくには理解できない。

 ニコの名前を呼んで応援する内容の主題歌とその編曲の乱用は、市川崑とはおもえない。

 とはいえ、カット割とタイトルの斬新さはさすがに市川崑だ。唸る。

 あ、それと、朝丘ルリ子がゴーグルをつけてないのはなんでなんだろう。付けられなかったんだろうか。だとしたら、演出は辛いよね。まあ、市川崑もこういう時代があったとおもえば、いろんなことには目をつむらなくちゃいけないよね、撮る側も観る側も。

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球形の荒野

2008年01月31日 15時02分34秒 | 邦画1971~1980年

 ◎球形の荒野(1975年 日本)

 監督/貞永方久 音楽/佐藤勝

 出演/竹脇無我 島田陽子 乙羽信子 芦田伸介 山形勲 岡田英治 藤岡琢也 笠智衆 田宮二郎

 

 ◎赤とんぼ

 なににしても、ぼくはこの映画は好きだ。

 封切られたとき、ほとんど偶然に観たんだけど、それ以来、和趣味の行列というか、このふしぎな物語に惹かれ続けてる。

 ぼくのような人間は少なくないようで、テレビドラマでは三船敏郎や田村正和が演じてるし、これに酷似したテレビドラマも仲代達矢や渡哲也とかだったか、ともかく、いくつか作られた。

 男の自己陶酔みたいなものもあるんだろうけど、ぼくがたまらなく面白いとおもったのは導入の部分で、帰国したいのにできない男の事情は、酷似した作品でも「非常に設定しにくいんだろうな~」というのがよくわかる。

 肝心な部分の説得力に欠けるのは、この作品の致命的な欠点ではあるんだけど、それを補って余りあるのが父親をおもう娘の心で、これはどの作も共通してしみじみしてて好い。

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阿寒に果つ

2007年12月31日 23時34分53秒 | 邦画1971~1980年

 ◇阿寒に果つ(1975年 日本 87分)

 監督/渡辺邦男 音楽/眞鍋理一郎

 出演/五十嵐じゅん 三浦友和 大出俊 地井武男 二宮さよ子

 

 ◇見事、木村大作

 印象として、懐かしき時代の象徴みたいな脚本と映像におもえた。

 すべてが象徴的に撮られていて、そうした挑戦的ともいえる絵を見られて嬉しいんだけど、それだけじゃなくて、なんといっても五十嵐じゅん(現・淳子)が凄い。綺麗なだけじゃなく、演技というよりその存在感が凄い。ほかの出演者は気恥ずかしいほど若くて、監督の渡辺邦彦の気分がこれまた若い。

 斬新さへの意欲は息苦しい程で、時代というひとくくりにしてしまうのは惜しいくらいだ。

 ほんとなら、ヒロインのモデルである加清純子について書く留めておくべきなんだろうけど、ここで片手間に書いたところで仕方がないし、この作品はもはや独立した映像作品と観るべきだともおもうんだよね。

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レディ・イポリタの恋人 夢魔

2007年08月05日 20時17分24秒 | 邦画1971~1980年

 ◇レディ・イポリタの恋人 夢魔(原題 L'anticristo、英題 The Antichrist)

 

 イタリア版エクソシストとしかいえない。

 夢魔の物語ではなく、前世にサタンと交わった女が現世に降臨してきて…っていう話なんだけど、前世の交わりはパノラマ島みたいで、なんともいかがわしい。神父に追い込まれても、コロッセオで父親の愛が試されるという展開はなんとなく理解できるんだけどね。

 音楽が、これ、モリコーネなんだよなあ。

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影武者

2007年07月08日 10時52分43秒 | 邦画1971~1980年

 ☆影武者(1980年 日本 国内版180分 海外版159分)

 英題/Kagemusha

 監督/黒澤明 音楽/池辺晋一郎

 出演/仲代達矢 山崎努 萩原健一 大滝秀治 室田日出男 根津甚八 隆大介

 

 ☆動乱の戦国を巨大なる幻がゆく

 上記は初めて「影武者」の広告が掲載された時の物。

 浪人していたときだったか、

「黒澤が復活するのか」

 という驚きと興奮に身が震えた。

 撮影に入ったのは、ぼくが大学に入ってからだった。当時所属していた学生サークルもその興奮は蔓延していて、先輩たちは、みんな、前年にオーデションを受けていた。そりゃあ、黒澤の映画に出られるんだから、受けるだろう。

 知り合いの中でいちばんだったのは同級生の女子で、彼女は浪人していたにもかかわらず、果敢にオーデションを受けていたらしい。このときほど、東京の浪人生を羨ましくおもったことはなかった。まあそれは余談だが、彼女は凄かった。最終審査の10人まで行き、桃井かおりと倍賞美津子に敗れた。この最終審査はぼくらが入学してまもない頃、たしか5月くらいだったろうか。ともかく、黒澤に直に面接してもらい、受け答えをしたんだとか。たいしたもんだ、とおもった。

 ぼくはといえば、田舎から身ひとつで上京し、6畳ひと間のアパートで生活し始めたばかりの右も左もわからない若造だった。東京と地方は、あまりにも懸け離れすぎてた。

 映画が公開されてから、ぼくはこの映画の話題になると孤立した。誰もが『影武者』は認めなかった。実は、社会に出てからも『影武者』の話題になると孤立した。なぜって、ぼくひとりがおもしろかったと断言して憚らなかったからだ。

 当時『影武者』は散々だった。

 酷評だった。さっきの最終審査まで行った同級生の女子だけはまあ認めてたけど、この彼女の高校時代の同級生などは「歴史に詳しい人が見たら、史実とまるで違うんだって。それに黒澤の映画って昔は凄かったけど、今はつまんないらしいし、だから、うちのおじさんとか、そんなのは見ても仕方がないっていってる」とかいう始末で、こういう意見にぼくは猛烈に腹を立ててた。

(映画なんだから、史実と違って当たり前だろ)

 とか、

(だいたい史実なんてものがどこにあるんだ。歴史の真実なんか誰も知らないんだぞ)

 とか、

(こういうとんちんかんな連中がいるから日本はまともに映画が評されないんだ)

 とか、

(誰だって年をとれば趣向が変わる。赤い映画を撮ってた人間が青い映画も撮るさ)

 とかおもい、いろんなやつと毎回のように論戦し、持論を展開させてた。

 ま、そんな思い出はさておき、やはり、銀幕で見ると良えわ~。

 ただ、前に見た時より、演出の古さと力みすぎが目立ってきたのが悲しいね。

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