デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジョー・ヘンダーソンの書き出し

2008-09-21 08:11:22 | Weblog
 「珍しい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」、ワクワクする書き出しは、江戸川乱歩の傑作「鏡地獄」である。書き出しは文章のリズムを決めるばかりか、物語の方向さえも決めてしまう。いかに卓越した小説であっても読者が次のページを捲る魅力を持たないことには完読されることもなく、評価もされないだろうし後世に読まれることもない。多くの作家はこの書き出しにどれほどのエネルギーを費やしたのだろう。

 小説に限らずジャズアルバムも同じことが云える。ジョー・ヘンダーソンの初リーダー作「ページ・ワン」の書き出しは、「ブルー・ボッサ」であった。アルバムにも参加しているケニー・ドーハムの曲で、「ロータス・ブロッサム」同様、トランペットのバルブが華麗に上下するような乙張りのあるメロディーは強烈な印象を与える。マッコイ・タイナー、ブッチ・ウォーレン、ピート・ラロカという強靭なリズム陣に支えられ、彩のある曲に次から次へと流れるようにヘンダーソンのソロが続く。小説でいうなら次ページを捲るもどかしささえ覚える展開で、徹夜してでも一気に読ませる傑作ということになる。

 ヘンダーソンが登場した60年代前半というのは、ハードバップからモードへとジャズが大きな変化を迎える時代で、ジャズ・レーベル先端を行くブルーノートもその流れに逆らうことはできなかった。寧ろ積極的にその変化を推し進めたのはブルーノートでもある。「ページ・ワン」はある意味、ブルーノートの新しい1ページでもあり、後に新主流派と呼ばれる次世代を担っていくであろうヘンダーソンに期待がかかる。レーベルの威信とヘンダーソンの魅力を最大限に引き出すためにアルフレッド・ライオンが、「ジョー、ヘンだぜ、このフレーズは、乱歩、いや、乱暴だ」と吼え、噛み付いたのかもしれない。編集者の慧眼が作家の才能を伸ばしたように、ライオンもまたヘンダーソンの才能を開花させたのだ。

 多くのプレイヤーがレパートリーにする「ブルー・ボッサ」だが、未だにヘンダーソンの書き出しを超える演奏は聴いたことがないし、この書き出し以上のデビューアルバムを知らない。1ページ目の書き出しがこれほど強烈に印象付けられるのは珍しい話である。
コメント (26)
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