デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

蔵から出てきたティナ・ブルックス

2009-03-08 07:53:29 | Weblog
 封切が予定されていた映画や発売予定のアルバムが何らかの理由により中止になる「お蔵入り」の語源は、蔵にしまい込み陽の目を見ることがないからという説と、本来よりも早く千秋楽を迎えたことを「千秋楽」の「楽」を逆さまにした「くら」と呼んだことからという説があるようだ。どちらにしても公開や発売を楽しみにしていたファンにとっては残念なことであり、前評判が高いほどさまざまな憶測も飛び交う。

 ジャズレコードにもお蔵入りは数多くあり、ティナ・ブルックスのブルーノート・セッション「マイナー・ムーブ」もその1枚である。58年に録音されながら未発表のまま埋もれ、日本のキングレコードが発掘したのは80年代のことだった。当時唯一発売されていた「トゥルー・ブルー」よりも前のセッションで、事実上ブルックスの初リーダーアルバムにあたり、リー・モーガン、ソニー・クラーク、ダグ・ワトキンス、そしてアート・ブレイキーという錚々たるメンバーがサポートしている。R&Bバンド出身特有のアーシーなテナーはテクニック的にも問題もなく、典型的なハードバップは当時のブルーノート路線から見ると外れているわけでもないのに何故発売が見送られたのか不思議でならない。

 未発表だったとはいえ、オリジナル2曲とスタンダード3曲を程好く配置した作品はデビューを飾るに相応しい内容で、マット・デニスの名作「エブリシング・ハプンズ・トゥー・ミー」も収録されている。チェット・ベイカーのクールなヴォーカルで知られる曲で、そのメロディの美しさとアドリブの面白さからインストでも度々取り上げられる曲だ。何度となく演奏したであろう手馴れたバック陣を相手にティナはやや起伏に欠けるものの、伸びのある高音と濁りのない低音をバランスよくコード進行にのせている。フレージングは荒削りながらデビューアルバムとしては及第点で、発売に踏み切ってもブルーノートの名を汚すものではなかっただろう。

 ティナにはもう1枚、BLP-4052というレコード番号とジャケット・デザインまで決まっていながらお蔵入りした「Back to the Tracks」もあり、幻のテナーマンと呼ばれる所以である。アルバムはお蔵入りしたまま晩年は病院と刑務所で過ごしたティナは、Everything Happens to Me ~なにもかも悪いことばかり起こる、と思ったかもしれない。
コメント (25)
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