デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

騒ぐ女ヘイゼル・スコット

2010-10-10 08:27:37 | Weblog
 ジャズ・メッセンジャーズのライブに欠かせない「モーニン」は何度も録音されているが、なかでも58年のクラブ・サンジェルマンの演奏は「モーニン・ウイズ・ヘイゼル」として知られている。最前列にいた歌手でありピアニストのヘイゼル・スコットが、ボビー・ティモンズのソロに興奮して騒ぎ出し、ついには感極まって「Oh Lord have mercy!」と叫んだのが記録されているからだ。文献によっては失神したとも記述されているが、その後も騒いでる女性がいるので真偽は定かではない。

 さて、もっぱらこのエピソードだけがひとり歩きするお騒がせのヘイゼル・スコットとは何者か?5歳で舞台に立ち、1936年の16歳のときに自己のラジオ番組を持っていたほどの才媛である。数本の映画にも出演したというマルチタレントで、レコードも相当数の録音があるようだが、ほとんどがクラシック曲をジャズ風にアレンジした作品のため日本では紹介されずに終わっている。唯一ジャズファンに注目されたのは、「リラックスド・ピアノ・ムーズ」だろうか。チャーリー・ミンガスが興したデビュー・レコードに54年に吹き込まれたアルバムで、サイドにミンガスとマックス・ローチという豪華版だ。

 A面の最初は音を探すようゆっくりとしたテンポで、「ライク・サムワン・イン・ラブ」のメロディを無伴奏ソロで紡いでゆく。2コーラスほど弾いたあたりで歌いだしても何ら違和感のない歌心溢れたフレーズ展開に持っていき、そのタイミングで、これがミンガスとローチかい?と疑うほど控え目なベースとドラムが入る。続く2曲もお淑やかなお嬢さんと、陰で目立たぬようにサポートするボディガードのピアノ・トリオを聴くようだ。但しこれはA面だけで、B面は一転していつもの怒れるミンガスと歌うローチになり、ヘイゼルのピアノも女性とは思えないハードなタッチに変貌し、唸るわ、イエーッと声を出すわで、騒ぐのが好きという本性がこのレコードを面白くしている。

 ヘイゼルは50年代後半にフランスに渡っているが、おそらくケニー・クラークやバド・パウエルと同じ理由なのだろう。待遇の良いヨーロッパでは物理的に満ち足りても、精神的には満たされないという。サンジェルマンで聴いたメッセンジャーズは、ミンガスやローチと演奏したアメリカに重ね、ティモンズのソロは、その精神的空洞を埋め、高揚させる本物のジャズだった。「Oh Lord have mercy!」は精神が満たされた叫びなのかもしれない。
コメント (25)
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