デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アート・ブレイキーが投げた1本のスティック

2011-07-17 08:08:16 | Weblog
 先日、知人数名と宴会後、二次会にカラオケスナックに誘われた。土曜日と言うのに薄野の外れにあるビルは閑散としていて、その店も貸切状態である。知人がマイクハナサーズで自慢の喉を披露している間、手持ち無沙汰の小生が店の女性と他愛もない話をするうち、ひょんなことからジャズの話題になった。ジャズとは無縁の店だっただけに驚いたが、何と20年ほど前に、北海道厚生年金会館でアート・ブレイキーを聴いたという。

 更にナ!ナ!ナ!何とコンサート終了後、ブレイキーが客席に投げたスティックを見事キャッチし、今でも持っているそうだ。86年から89年まで毎年マウント・フジに出演していたので、札幌に足を延ばしたのだろう。このとき何度目の来日になるのか分からないが、初来日は61年で今年は来日50周年にあたる。日本に一大ファンキーブームを巻き起こした初来日の記録がこのアルバムで、今聴いてもその熱いステージが伝わってくる。レコードでもナイアガラ瀑布がズシーンと響いてくるのだから、このサンケイホールで目の当たりにした聴衆の興奮は計り知れないし、この場にいた人が何とも羨ましい。

 「ザ・サミット」で幕を開けたステージは、メンバー紹介をはさみ「ブルーノート・レコーディング」と自慢げにブレイキーが次の曲を告げ、ショーターのモードがかったイントロからテーマの輪郭がみえると客席から拍手が起きる。当時はレコードといえば直輸入盤でブルーノート盤も入ってこないころだ。当然、前年録音したこの曲を聴いている人は少ないはずだが、喫茶店でウェルナー・ミューラーやパーシー・フェイスの演奏で耳にした「そよ風と私」に親近感を覚えた拍手だったのかもしれない。ポピュラーな歌曲であってもジャズになることを証明した演奏であり、それがジャズメッセンジャーズの人気に拍車をかけたのだろう。

 件の店の女性は、1本だけだから価値はないわよねぇ、と笑っていたがとんでもない。その1本のスティックに染み込んだ汗は、ブレイキーのジャズドラマーとしての魂が込められたものであり、ファンキーを刻み続けた大きな1本である。幾度もの来日コンサートでスティックを手にした人は多いかもしれないが、それぞれにそれはかけがいのない宝であろう。押入れに仕舞っておくには勿体ない。
コメント (24)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする