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男と女のいる舗道

2001-09-11 23:28:00 | ダイアローグ
男と女のいる舗道

レストランやカフェで
女性を壁際に座らせて
自分は通路側に座る男がいる
彼女によい席をあげた
自分は二の次でいい
そう思っているのだろうが
わかっていないなと思う

第一に
彼女の視界に入るのは自分だけ
そんな有利な状況を自ら放棄している
君は何のためにその店に彼女を誘ったのだ
壁際に座れば店内を見渡すことになる
インテリアや運ばれる料理
ギャルソンやほかの客の様子に
彼女はどうしても気を取られてしまう
慣れない店で気疲れするかもしれない
どうしても君への集中力を欠いてしまうのだ

君が壁際を占めれば
慣れた店のいつもと変わらぬ光景を確認し
次なる場面の変化を予測すらできるだろう
たとえば簡単な話
オーダーするのにいちいち振り返り
ギャルソンを探す必要がないというだけでも
雲泥の違いがあるのだ
メニューを吟味しているときに
近づこうとするギャルソンを
首を振って制するという
高度な技も使えたりする
君は多くの情報を持ち
状況を的確に把握している
彼女を店に入ってきたままの
白紙の状態に留めるのだ
背後で何が起きているかわからない
無防備だという不安が
君を頼もしく感じさせ
顔だけでなく心も君に向けさせるのだ

第二に
店内や人の様子に気を配り
万が一に危険なことや不測の事態が起こったときは
君にはすばやく動ける用意がある
見知った男女にバッタリという場面も考えられる
躓いたギャルソンにコーヒーをかけられる
そんな間抜け役も避けられる
ついでにいっておくと
彼女がコーヒーをかけられたときは
君はすぐに立ち上がり
事態を周囲に知らせる騎士役を演じよう
視線を集めるヒロイン役を彼女に振るのだ
それは2人だけの小さな事件として
思い出に残るエピソードのひとつになるだろう
間違ってもギャルソンを叱ってはいけない
3秒くらい彼及び彼女を見つめて
「この後、ちゃんと対応してくれよ」
と心で念じるのだ

似たような課題として
君は車道側を歩くべきかというのもある
上記した同じ理由から
もちろん君が車道側を歩くべきだ
ただし店内以上に危険で予測不可能な外では
周囲への目配りに忙しいあまり
結果的に彼女のまわりをウロチョロしてしまい
彼女を無用にイライラさせることが往々にしてある
そんなぶざまを避けるには彼女との距離を狭めればよい
もっと密着して肩や腰を軽く抱いて歩けば
問題ははるかに困難ではなくなる

右折と折り返すときくらいなはずだが
彼女が車道側に変わってしまったときでも
少しも慌てる必要はない
「こりゃ、危ないな」
と軽く力を込めて彼女を制御し
反対の手に抱き変えればいいだけだ
彼女にとってはちょっとした驚きであり
君のとっては嬉しい役得である

それまで君の手指は彼女に軽く触れ
添えるほどでいい
話が上の空になっても
そこに神経を集中させて
手指で語らっていると思うべきだ
君が右利きなら
君の左手は
彼女の左側面の
腰や脇腹、肩や頭、髪など
すべてに触れることができる
右手ほど器用には動かず
もどかしいところが
抱いているというより
触れて話しかけている
ということなのだ

少し歩こうと二人で決めて
肩や腰にかるく手を回そうとして
「嫌らしい」
という女はよほど頭が悪いか
君が相手にされていないのだから
いっしょに歩くという心弾む時間はあきらめて
早く立ち去った方がいい
ある意味ではセクスなどより緊密な
運命共同体的な合意を必要とするのだ
いっしょに歩くということは
下手すると車や人や自転車で怪我するわけだから
二人の歩調が合わないときも
やはり考え直した方がいい
いうまでもないが
彼女が一日中立ちっぱなしの仕事である場合は
話はまったく別である
ゴールを切ったばかりのマラソンランナーに
二人三脚を強いるような真似をしてはいけない

ついでにいうと
並んで歩くというのはセオリーではない
どちらかが前後して歩いてもかまわない
彼女が彼の服の裾をつまんでついていく
その逆も悪くない
大切なのは互いをじゅうぶんに意識しているかどうか
同時に樹木や草花ショウウインドウ路地通行人犬猫鳥
など視界を横切るすべてに
二人の好奇心や関心が全開しているかなのだ
もたれあって歩く男女はいかにも見苦しく
後者が乏しいことが問題なのだが
ホテルか相手の部屋をめざして
移動しているだけなのだろうから
大きなお世話というものだろう

歩行や散歩の相手として
もっとも避けねばならない人とは
たとえばローマにいてパリを語り
青山にいて京都について話す人だろう
東京にいて故郷を語るのはもちろん別の話だ
眼前の事物や現象を受け入れずインスパイアされず
近くも遠くも
過去の似た体験を話して倦むことない人は
つまらない人である
少なくとも
君もまた受け入れられていないと知るべきだが
誰をも受け入れない頑な人だから
それほど気にしなくてもよい

歩くことによる精神や身体の活性化については
よく知られているので今回は省略するが
そうして研ぎ澄まされた五感をもってしても
傍らの彼女を好ましいと思うとき
君を見ていない横顔を眩しく感じるとき
君は君の感情の淵源を知るだろう
間違いなく正確に

いうまでもないことだが
彼女が彼であっても
そう大きくは違わないはずだ
また一方が車椅子など
何らかの障害があるときでも
歩く場所や触れる箇所が限られるだけで
君がなすべきことにほとんど変わりはない

しかし、君の場合はそれ以前の問題があるな
まず、足と手を同時に出してはいけない
ほら、蟹みたいに横歩きすると電柱にぶつかるぞ
こら、嬉しくとも人の周囲を走り回るな
犬じゃないんだから

(9/11/2001)


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