シベリアにて
ちょうどゴルバチョフから
エリツィンに代わる頃
シベリアを旅したことがある
クリスマス前の冬だった
何もないところでねえ
文化果つる場所といったら
失礼だろうが
建築物も橋も通りにも
色彩もデザインも趣きも
心弾むものは何もなかった
僕がもう三十を過ぎて
若くなかったせいもあるだろうな
警察官の月給が
長靴1足と等価だったから
みんな必死な表情してた
若い男には卑しい顔つきが多かったな
飢えていると日本では聞いてたけれど
食堂車でパンにバターを
載っけるように食べているのを見て
笑ってしまった
僕たちにはバターは塗ったり
舐めるものだけど
ロシアのバターとは
塊を食うものなんだ
深刻な物不足は
昨日今日はじまったわけじゃない
ウォッカは自家製だし
野菜も庭でつくったり
物々交換がけっこうあって
自分の技能によっては
サービス交換や副収入も稼ぐ
あの国を訪れる外国人が
必ず聴かせられるジョークに
政府は給料を払うふり
労働者は働くふり
というのがあるが
かなり前からそんな二重経済なんだ
国営食料品店の棚はガラ空き
現金が手に入る自由市場には
食物が溢れている
国旗のように象徴的な現実なんだ
とはいっても
むき出しの格差には
やっぱり気が滅入る
街角ではたぶん年金暮らしの老婆が
ひねた人参や小さな玉葱の数個を
通行人に売っている
これが中年男になると
その数が1、2個増える
だいたい黙って立っているだけ
朝見かけて夕方にも立っている
自由市場の半分以下の値段でも
さっぱり売れないんだな
僕は高級ホテルで
赤いトマトにゆで卵
冬のシベリアではだが
大変なご馳走を
食べている
法外な高価でね
戸外の気温は零下くらいで
思ったより寒くはなかったけれど
抑留されて死んだ
日本人兵士の墓地にも行った
ほかに見物するところもなくて
申し訳ないけどしかたなくだった
痩せた犬しか見かけない
雪に埋もれた町はずれに墓地はあった
僕たちが車を止めると
どこからか3人ばかりの
太ったおばさんがあらわれ
小さな花のブーケを抱え
何か云って笑いかけてくるんだ
日本人の墓参目当ての花売りらしい
赤や緑や黄色の
原色のネッカチーフを巻いて
とうの立ったマトリョーシカだな
もちろん相手にせず
墓地に入ったのだけれど
雪に埋もれているから
ここだと教えられても
墓地なのか空地なのか
何の感慨も湧かずに
ぼんやり立っているしかない
さっきの花を買っていれば
少しは格好ついたのにと
後悔していると
日本人は線香代わりに
煙草に火をつけて供えると教わってね
僕もそうした
つまんないことしているな
とすぐに思った
だってマルボロだもの
ちょっと話がそれるが
国家や経済が崩壊したり
機能していないとき
つまりその国の貨幣がゴミ同然である場合
それに代わる通貨はマルボロなんだ
1カートンのマルボロはちょっとした資産になる
キャメルでもケントでもなく
なぜかいつからかマルボロ
無秩序がふつうという国ではね
それはさておき
墓石らしきところの雪に
火のついた煙草を
2本さしてはみたけれど
あの戦争の時代には
フィルター付きの煙草なんてなかっただろうし
いがらっぽいロシアの煙草の方がマシだろうと
我ながら嘘くさいなと思いつつ
型どおりしゃがんで拝んだわけだ
安らかに眠ってください
とか念じようとするんだけれど
兵隊さんたちは迷惑だろう
こんな所に眠っていたくはないだろう
という思いの方が強かったな
墓地の出口で振り向いたら
煙草は風で倒れていて
投げ捨てたのと変わりなかった
帰りがけに
また花売りおばさんたちが寄ってきたけれど
必要もないのに買うわけないよ
しおれた花なんて
(9/15/2001)
ちょうどゴルバチョフから
エリツィンに代わる頃
シベリアを旅したことがある
クリスマス前の冬だった
何もないところでねえ
文化果つる場所といったら
失礼だろうが
建築物も橋も通りにも
色彩もデザインも趣きも
心弾むものは何もなかった
僕がもう三十を過ぎて
若くなかったせいもあるだろうな
警察官の月給が
長靴1足と等価だったから
みんな必死な表情してた
若い男には卑しい顔つきが多かったな
飢えていると日本では聞いてたけれど
食堂車でパンにバターを
載っけるように食べているのを見て
笑ってしまった
僕たちにはバターは塗ったり
舐めるものだけど
ロシアのバターとは
塊を食うものなんだ
深刻な物不足は
昨日今日はじまったわけじゃない
ウォッカは自家製だし
野菜も庭でつくったり
物々交換がけっこうあって
自分の技能によっては
サービス交換や副収入も稼ぐ
あの国を訪れる外国人が
必ず聴かせられるジョークに
政府は給料を払うふり
労働者は働くふり
というのがあるが
かなり前からそんな二重経済なんだ
国営食料品店の棚はガラ空き
現金が手に入る自由市場には
食物が溢れている
国旗のように象徴的な現実なんだ
とはいっても
むき出しの格差には
やっぱり気が滅入る
街角ではたぶん年金暮らしの老婆が
ひねた人参や小さな玉葱の数個を
通行人に売っている
これが中年男になると
その数が1、2個増える
だいたい黙って立っているだけ
朝見かけて夕方にも立っている
自由市場の半分以下の値段でも
さっぱり売れないんだな
僕は高級ホテルで
赤いトマトにゆで卵
冬のシベリアではだが
大変なご馳走を
食べている
法外な高価でね
戸外の気温は零下くらいで
思ったより寒くはなかったけれど
抑留されて死んだ
日本人兵士の墓地にも行った
ほかに見物するところもなくて
申し訳ないけどしかたなくだった
痩せた犬しか見かけない
雪に埋もれた町はずれに墓地はあった
僕たちが車を止めると
どこからか3人ばかりの
太ったおばさんがあらわれ
小さな花のブーケを抱え
何か云って笑いかけてくるんだ
日本人の墓参目当ての花売りらしい
赤や緑や黄色の
原色のネッカチーフを巻いて
とうの立ったマトリョーシカだな
もちろん相手にせず
墓地に入ったのだけれど
雪に埋もれているから
ここだと教えられても
墓地なのか空地なのか
何の感慨も湧かずに
ぼんやり立っているしかない
さっきの花を買っていれば
少しは格好ついたのにと
後悔していると
日本人は線香代わりに
煙草に火をつけて供えると教わってね
僕もそうした
つまんないことしているな
とすぐに思った
だってマルボロだもの
ちょっと話がそれるが
国家や経済が崩壊したり
機能していないとき
つまりその国の貨幣がゴミ同然である場合
それに代わる通貨はマルボロなんだ
1カートンのマルボロはちょっとした資産になる
キャメルでもケントでもなく
なぜかいつからかマルボロ
無秩序がふつうという国ではね
それはさておき
墓石らしきところの雪に
火のついた煙草を
2本さしてはみたけれど
あの戦争の時代には
フィルター付きの煙草なんてなかっただろうし
いがらっぽいロシアの煙草の方がマシだろうと
我ながら嘘くさいなと思いつつ
型どおりしゃがんで拝んだわけだ
安らかに眠ってください
とか念じようとするんだけれど
兵隊さんたちは迷惑だろう
こんな所に眠っていたくはないだろう
という思いの方が強かったな
墓地の出口で振り向いたら
煙草は風で倒れていて
投げ捨てたのと変わりなかった
帰りがけに
また花売りおばさんたちが寄ってきたけれど
必要もないのに買うわけないよ
しおれた花なんて
(9/15/2001)