コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

実録・連合赤軍-あさま山荘への道程(みち)

2009-04-08 10:06:00 | レンタルDVD映画
http://www.wakamatsukoji.org/

新作コーナー棚に並んでいた。監督は若松孝二か。

ビートルズ来日と三島由紀夫割腹事件、そしてこの連合赤軍事件は、当時、誰もが顔を顰めた出来事だった。ビートルズ来日時は記憶がないので、それを「事件」としてルポした『ビートルズレポート』(話の特集)による知見だが、三島由紀夫割腹事件と連合赤軍事件はよく覚えている。

一言でいえば、「狂気の沙汰」というのが、当時のメディアや有識者の共通した見解だった。というより、三島を、連赤のメンバーを、悪し様に罵る声で満ちていた。どちらの「事件」もあまりにも時代錯誤に思えた。「そういう時代だった」と語られることがあるが、「そういう」に何か根拠があるのだろうか。

そこで何があり、彼らが何を考えていたかより、私たちが「事件」をどう受け止めたのかを覚えておくべきだろうと思う。私たちは何よりメディアを通じて、この「事件」を知ったのだということ、メディアが報じる前は何も知らなかったということは、とても重要なことだと思う。

もちろん、それぞれに別の感応はあっただろう。とくに連合赤軍事件は、当時の青年たちにとって他人事ではなかった。それは、オウム真理教事件が起きたとき、30代の青年たちが激しく感応したことに似ている。いずれも、殺した者・殺された者に自らを見出していた。むしろ、自分も、殺した者・殺された者でありたかった、という内心の声を一度も聴かなかったとすれば、これらの事件にいささかの関心も抱かなかったはずなのだ。

いずれにしろ、三島由紀夫割腹事件や連合赤軍事件は、「理解不能」の「狂気の沙汰」というのが、一般的な見解であった。それを忘れるべきではないと思う。私たちは、彼らが正気であったがゆえに、狂気に至ったことを知っていた。彼らは狂人ではなかったが、その思想と行動を狂ったものとした。私たちは一度、そう決めたはずだ。

つまり、三島の腹切りにも、連赤の同志殺しにも、ずっと後のオウムの無差別テロにおいても、当時まともな議論はほとんど出なかった。同じ根を持つからだろう。そこで何があり、彼らが何を考えていたかについては、百万言費やされたが、私たちが「事件」をどう受け止めたのか、についてはほとんど語られてこなかった。「理解不能」の「狂気の沙汰」という以外には。

三島由紀夫割腹事件や連合赤軍事件以降、私たちは正気も狂気も扱わないことにした。いわんや、理解を示そうなどという気はなかったはずだ。それはあながち、わるいことではないように思う。蓋をしているかぎり、私たちは忘れないからだ。というわけで、観る気が起きなかった。たぶん、これからも観ないと思う。

(敬称略)