Nさんの香典返しに貰った図書カードで、『1968 上下』(小熊英二 新曜社)ではなく、以下を買ってしまった。
『それでも日本人は「戦争」を選んだ』(加藤 陽子 朝日出版社)
http://moon.ap.teacup.com/applet/chijin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%89%C1%93%A1%97z%8Eq&x=0&y=0&inside=1
http://book.asahi.com/news/TKY200908060189.html
なぜ、「戦争」と括弧に入っているのか。楽しみですね。
『金正日は日本人だった』(佐藤 守 講談社)
著者の佐藤守は、「元自衛隊南西航空混成団指令空将」という肩書きである。軍事オタクや謀略ファンのトンデモ本ではなさそうだが、フィリピンルバング島から帰国した小野田少尉のような皇軍の残置諜者・金策が北朝鮮を建国したという推論らしい。
大日本帝国と北朝鮮が相似形であることは、かねてから指摘されてきた。いずれも、欧米という「国際社会」からみればトンデモ国家だが、小国ながら自存自衛を貫いている点では、列強を向こうに回して「互角」に渡り合っているという見方もできる。
かつての日本を北朝鮮のような「テロ国家」にまで引きずり下ろすのか、北朝鮮を大東亜共栄圏の余波にまで引き上げるのか、といえば、もちろん、後者が本書の狙いだろう。
ネットでは、中国の後進性や覇権主義を嫌悪し、韓国の唯我独尊ぶりを侮蔑する言辞が流行しているが、かつての日本も似たようなものだったと俺は思う。それはものの本に拠らずとも、老人たちから話を聞けばわかることだ。
彼らは、「日本も同じ道を通ってきた」と異口同音に語っている。機械部品の代わりに石炭ガラを梱包して「輸出」する商社はあったし、「日本製は、安物ですぐ壊れる商品」の代名詞だったし、アメリカのハイウェイでオーバーヒートして、ボンネットから白煙を上げて立ち往生しているのは日本車ばかりだった。そんな「貧しい」時代を老人たちは知っているからだ。
各産業ごとに、なんとか協会や協議会、振興会や組合など、今日無数の官僚天下り検査機関、資格団体ができた背景のひとつには、日本産業界の後進性をカバーして、「国際社会」に伍していける業界への規制と指導を目的としたものだ(日本製が高品質の代名詞となったいまでも、これらの天下り組織が残っているのが問題なのである)。
したがって、官僚とは、規制とは、業界指導とは、日本の産業界の劣悪な一部を排除し、「国際社会」並みに底上げする努力であって、優秀な官僚によって日本経済が発展したわけではないのだ。むしろ、優秀な企業や企業家は、大蔵省の金融政策によってつねに資本不足に苦しみ、通産省の行政指導によって闊達な資本主義から疎外されて泣きを見てきた。日本の輸出産業とそれを支える技術集約は、日本の企業や会社員が自力でつくりあげてきたものだ。
政治家やマスコミ、学者たちが、「日本の優秀な官僚」と必ずつけ加えるのは、ある種の仲間意識と外交辞令に過ぎない。ときどき、それを本気にして、政治家の無能と対比させる人がいるが、ただの世間知らずである。かつて、アメリカの有力シンクタンクが、日本の官僚がつくった経済政策や産業政策がいかに無益無効だったか、という詳細なレポートを発表して話題になったことがあった。大蔵通産官僚の「保護主義」に歯噛みしたアメリカのシンクタンクだから、かなり割り引く必要はあるが、その後の結果と照らし合わせれば、たしかに説得力に富んでいた。
ま、そんなことはことさら本を読まずとも、日本史上最強最大のシンクタンクであった大本営が、どのような無謀な作戦を立案計画し、その強行によってどれほど多くの前途有為な若者が犬死に等しい最後を迎えたかを考えれば、すぐにわかることだろう。日本の「無謀な戦争」と比べて、北朝鮮の「無謀な戦争」は、はるかに長く保っていて、その犠牲者も比較すればはるかに少ない。やはり、日本帝国主義の興亡から、多くを学んだのだろう。
(敬称略)
『それでも日本人は「戦争」を選んだ』(加藤 陽子 朝日出版社)
http://moon.ap.teacup.com/applet/chijin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%89%C1%93%A1%97z%8Eq&x=0&y=0&inside=1
http://book.asahi.com/news/TKY200908060189.html
なぜ、「戦争」と括弧に入っているのか。楽しみですね。
『金正日は日本人だった』(佐藤 守 講談社)
著者の佐藤守は、「元自衛隊南西航空混成団指令空将」という肩書きである。軍事オタクや謀略ファンのトンデモ本ではなさそうだが、フィリピンルバング島から帰国した小野田少尉のような皇軍の残置諜者・金策が北朝鮮を建国したという推論らしい。
大日本帝国と北朝鮮が相似形であることは、かねてから指摘されてきた。いずれも、欧米という「国際社会」からみればトンデモ国家だが、小国ながら自存自衛を貫いている点では、列強を向こうに回して「互角」に渡り合っているという見方もできる。
かつての日本を北朝鮮のような「テロ国家」にまで引きずり下ろすのか、北朝鮮を大東亜共栄圏の余波にまで引き上げるのか、といえば、もちろん、後者が本書の狙いだろう。
ネットでは、中国の後進性や覇権主義を嫌悪し、韓国の唯我独尊ぶりを侮蔑する言辞が流行しているが、かつての日本も似たようなものだったと俺は思う。それはものの本に拠らずとも、老人たちから話を聞けばわかることだ。
彼らは、「日本も同じ道を通ってきた」と異口同音に語っている。機械部品の代わりに石炭ガラを梱包して「輸出」する商社はあったし、「日本製は、安物ですぐ壊れる商品」の代名詞だったし、アメリカのハイウェイでオーバーヒートして、ボンネットから白煙を上げて立ち往生しているのは日本車ばかりだった。そんな「貧しい」時代を老人たちは知っているからだ。
各産業ごとに、なんとか協会や協議会、振興会や組合など、今日無数の官僚天下り検査機関、資格団体ができた背景のひとつには、日本産業界の後進性をカバーして、「国際社会」に伍していける業界への規制と指導を目的としたものだ(日本製が高品質の代名詞となったいまでも、これらの天下り組織が残っているのが問題なのである)。
したがって、官僚とは、規制とは、業界指導とは、日本の産業界の劣悪な一部を排除し、「国際社会」並みに底上げする努力であって、優秀な官僚によって日本経済が発展したわけではないのだ。むしろ、優秀な企業や企業家は、大蔵省の金融政策によってつねに資本不足に苦しみ、通産省の行政指導によって闊達な資本主義から疎外されて泣きを見てきた。日本の輸出産業とそれを支える技術集約は、日本の企業や会社員が自力でつくりあげてきたものだ。
政治家やマスコミ、学者たちが、「日本の優秀な官僚」と必ずつけ加えるのは、ある種の仲間意識と外交辞令に過ぎない。ときどき、それを本気にして、政治家の無能と対比させる人がいるが、ただの世間知らずである。かつて、アメリカの有力シンクタンクが、日本の官僚がつくった経済政策や産業政策がいかに無益無効だったか、という詳細なレポートを発表して話題になったことがあった。大蔵通産官僚の「保護主義」に歯噛みしたアメリカのシンクタンクだから、かなり割り引く必要はあるが、その後の結果と照らし合わせれば、たしかに説得力に富んでいた。
ま、そんなことはことさら本を読まずとも、日本史上最強最大のシンクタンクであった大本営が、どのような無謀な作戦を立案計画し、その強行によってどれほど多くの前途有為な若者が犬死に等しい最後を迎えたかを考えれば、すぐにわかることだろう。日本の「無謀な戦争」と比べて、北朝鮮の「無謀な戦争」は、はるかに長く保っていて、その犠牲者も比較すればはるかに少ない。やはり、日本帝国主義の興亡から、多くを学んだのだろう。
(敬称略)