ご贔屓、ヒラリー・スワンクさん主演の恋愛映画。ただしくは、夫婦愛映画なのだが、そんなこといったら、あの「ある愛の詩」だって、恋愛が成就する以上に、駆け落ち同然に結婚してから支え合うところが泣かせどころで、さらに「永遠の愛」で縛ることで、婦女子を感動させたんだよね。
「ある愛の詩」と似非なのは、「PS アイラブユー」では、二人は結婚して10年も経っているから、ラブラブなだけじゃなくて、かなり現実的なところ。寝入るとき、どちらが部屋の灯りを消すか、順番が決まっていて、「あなたの番よ」「君が消してくれよ」と「ある愛の詩」では、想像もできない会話が交わされるんだな。
不動産会社に勤めていて、早く家がほしい妻は、「あなたは計画性ってものがない。この部屋に成熟した大人は、どうして私だけしかいないの!」となじり、ちょっと享楽主義的な夫は、「いまが幸せなんだからいいじゃないか」と反論して、ケンカになったりする。どちらも間違ってはいないし、どちらがより正しいわけでもないんだけどね。
それと、難病で死んじゃうのは、まだ若々しく美しい妻じゃなくて、35歳のむさくるしいアイルランド男の亭主だから、「悲劇のヒロイン」じゃなくて、いくぶん喜劇的なのね。葬儀のときも、夫の友だちは、「あいつはいい奴だった」とさっぱりしたもの。しんみりはしても、泣いたりはしない。
スワンクさんの母親キャシー・ベイツさんは、イギリス式のパブを経営しているのね。教会じゃなく、そのパブで葬儀をする。参列者は一人ずつ、一杯ずつ、小さなグラスのウイスキーをカポッと呑み干していく。神父は、「彼(死んだ亭主ね)ならいうだろう、さあパーティをはじめよう!」と挨拶する。それからは、笑い騒ぐ、パブの一夜になるんだ。
「ある愛の詩」とまるっきり違うのは、亭主が死んだ後も、夫婦の愛の交流が現実的に続いていくところだね。「私の心のなかに、いまもあの人は生きている」というのじゃなく、といって、「ゴースト」のように、幽霊になった夫が戻ってくるというのでもない。亡くなった夫から、次ぎ次ぎに手紙が来るんだね。
「ゴースト」と似ているところは、やがて妻から去り行く「期間限定の愛」であることかな。題名どおり、「PS アイラブユー」と締める手紙を送られてくる間だけ。もちろん、夫が生前に書いたものだが、何通もの手紙が思わぬ方法や手段を使って、泣き暮らす妻の許へ届くわけ。
最初の便りは、妻のバースディケーキに添えて(これだけは手紙ではないが)、帰宅したらデスクの上に封筒が乗っていたり、あるいは歌うコスプレが手紙を届けるサービスを使ったり、または返ってきたクリーニングに、「ポケットに入っていました」というメモを添えて封筒が戻されたり、神出鬼没に届くのさ。
自分の死期を知った夫が計画し、読ませる順番にしたがって何通もの手紙を書き残すことは可能だが、ではいったい誰が、いろいろな方法で妻に手紙を届ける手配をしているのか。アイルランドにいる夫の両親かな、一人息子の葬儀に欠席したのは怪しいし、とか思っていると、これが全然違うのな。
手紙はもちろん、二人の出会いや思い出に触れたラブレターなんだけど、同時にいろんなことを妻に指示するわけ。で、従うと必ずサプライズがあるのね。母親や友だちなどは、いつまでも引きこもって泣いてないで、次の人生をはじめなさい、新しい恋を見つけるのよ、と励ますんだけど、夫からの手紙を心待ちにしているのね、スワンクさんは。
(字面が似ているからって、スカンクと読まないでね。そういや、スカンクに似た顔立ちだな)
恋愛映画のお約束として、新しい恋人候補も登場するよ。思ったことをすぐに口にしてしまう、ちょっと変人のハリー・コニック・Jrさん。甘い歌声の歌手ですが、「コピー・キャット」のシリアル・キラーを演って、怖くてびっくりしたよね。
例によって傷心のスワンクさんが気になり、やがて好きになって、相談相手になり、なんとか支えようとするのだが、何かにつけて亡夫への想いに閉じこもり、自分には心を向けないスワンクさんに、思い悩むハンサム。「コピー・キャット」から14年、少し二重顎になって、思慮深そうな中年になったな。
そうそう、陽気でむさ苦しいアイリッシュの亡き夫は、「300」で勇猛果敢なスパルタ王レオニダスを演ったジェラルド・バトラーさん。メル・ギブソンやラッセル・クロウと似た武骨で土臭いタフガイタイプなんだが、マッチョではなく単純で陽気な役どころ。素人バンドを組んで酒場で歌って大受けするような楽しい男。明るくセクシーで、セックス好き、という当たり前の男が、理想の結婚相手として描かれてるんだ、意外だね。
スワンクさんの女友だちに、リサ・クードロウさん(写真左)という結婚を焦っている人がいるんだが、ちょっといい男を見つけると、「チーちゃん」みたいに躊躇なく近寄って、「独身?」って尋ねるのね。「そうだよ」って男がいうと、「ゲイ?」って聞く、「違う」というと、「働いている?」ってまた質問を重ねる。
そりゃ、ゲイや失業者と結婚は考えられないやね。でもね、このアンケート結果では、ゲイと失業者がやたら多い。亡くなったジェラルド・バトラーさんは、その反対に当たり前の男なんだな。アイルランド生まれを誇りにして男っぽいし、遊ぶのが大好きだけど、友だちとリムジン送迎サービスの会社を興そうともしている。
で、独身で、ゲイじゃなくて、ちゃんと仕事を持っている男と確認すると、リサさんは次ぎにどうするか、なんと、いきなりキスしちゃうんだな、これが。「ゲイだよ」「失業してる」と男があっさりカミングアウトするのも驚くが、初対面で3つくらい質問した後に、もう自分からキスしちゃうのね、男から言い寄ってくるのを待ってなんかいない。
で、キスの味が悪いと、リサさんは顔を顰めて立ち去り、もう見向きもしないのね。キスが最後のテストなわけ。たしかにキスが下手だと興ざめるし、それに生理的に合わない感触ってあるよね。その反対に、キスだけで、ウットリってのもある。リサさんは、まずはセックスする男かどうか、次ぎにセックスの相性をたしかめているんだね。論理的だねえ。
そんなリサさんだから、しょっちゅう、「あのプリプリしたお尻、おいしそう」と人目もはばからず、男の品定めを口にするのね。同席した男友だちが見かねて、「下品だ」と咎めると、リサさんがぴしゃりと言い返すところが痛快なんだ。たぶん、この場面で、えげつない女だなと思っていたリサさんを見直すだろうね、たいていの人は。
よく、身のほども弁えず(たいていの男はそうだね)、人目もはばからず(たいていの男ははばかるがね)、女の品定めをする男がいるが、リサさんの場合はたいてい褒めるわけ。男や女の品定めをしてもいいが、人目もはばからず、他人の容姿を貶すのは最低だよね。容姿に自信のない人しか、そんなことはしないな。
閑話休題っと。結局、優しく見守ってくれたハリーさんと結ばれてハッピーエンドかなと思うと、意外な結末が用意されてるんだな。亡き夫の最後の指示の真意も泣かせるよ。よく練られた脚本だと思うが、女性作家の原作に負うところが大きいのだろうね。映画買い付け担当の女性社員が、「一押し!」と張り切った顔が見えるよう。
スワンクさんが、アメリカ映画には珍しく可愛い衣装を次から次へと着替えて、キュートだったね。ほかに、ジーナ・ガーション(写真右)やキャシー・ベイツといった達者が脇を固め、アイルランドの農村ロケの緑も美しかった。まるでアメリカの故郷みたいな描写だったな。結局、結婚するってことを積極的に肯定しているわけで、ずいぶんアメリカも変わったよね。