コタツ評論

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マラソンの人

2017-04-09 00:04:00 | ノンジャンル
数10年前、今では西東京市となった、かつての保谷市に住んでいた頃、ちょっと変わった風体のマラソンじじいをよくみかけた。

180cmを越える長身に痩身、白くなった長髪を後ろで結び、眼鏡をかけているのだが、その顔のほとんどを覆った白い髭が人目を引く。髭の束の先は胸元まで伸びている。中国の仙人のような顎髭が向かい風になびくほど長いのだ。

夕方、保谷市の温水市民プールに通い出すと、マラソンじじいが水泳も日課にしていることを知った。肋骨が浮き出た薄い胸で平泳ぎに励んでいる。ランニングと同じく、とても達者とはいえない泳ぎ方だった。

大人になってスポーツを覚えた人はすぐに見分けられる。子どもの頃にスポーツが得意だったり、学校の部活動で身につけた人とは違って、独学したせいか、どこか無様で滑稽なところがあるものだ。

マラソンじじいは後ろから泳ぎ出したおばさんに追いつかれながらも、休みなく25mプールを何往復もしていた。保谷市の市民プールはシニア用に往復の2コースが確保されていて、間隔をあけて順番に泳いでいくのだった。

毎日、走った後に泳ぎに来ているようで、冬でも短パンのランニング姿でやってくる。いつも一人。誰とも言葉を交わす様子はなかったが、かといって、偏屈ではないようだった。子どもが、「こんばんは」と挨拶すると、驚いたように目を見開き、「ああ、こんばんは」とけっこう大きな声で返した、その瞳は意外に明るかった。

しかし、私はこのマラソンじじいにたいてい舌打ちしていた。汚いのである。最初に見かけたのが冬だったせいもある。白髭をたなびかせて、白い息を吐きながら向こうからやってくるじじいが横を通り過ぎるとき、その髭に洟がぶら下がっているのに気づいたのだ。

それから何度も見かけたが、たいていの場合、鼻髭か顎髭、ときには両方に洟が糸を引いていた。その洟垂れ髭のマラソンじじいにプールでも会ったのだ。平泳ぎするじじいが息を吸い込むために顔を上げたとき、濡れた白髭にはやっぱりゼラチン状の洟が光っていた。

(きったねえじじいだな)(そばに来るんじゃねえよ)と舌打ちしたくなるほど、しかめ面したのもわかるはずだ。もちろん、私だけでなく、じじい以外の誰もがそれに気づいていた。

その頃は、フリーライターのかたわら、虎ノ門にあるシンクタンクの下請け仕事をしていた。新設されたNPO法人のヒアリングをしたり、消費者アンケート調査の分析をまとめたり、雑誌記者の取材の延長のようなものだ。

「君はたしか保谷に住んでいたな」と上司であり、親しい先輩でもあるM氏から聞かれた。大学の先輩ではない。仕事や人生の先輩と思っていた。市民政党の政策作りに関わる在野の政治学者であり、市民運動の組織づくりや選挙運動にも通暁した実践家でもあった。

「うざわこうぶんがあのあたりに住んでいるんだが、知ってる?」「いや、誰ですか? それ」「いま、うざわこうぶんと勉強会やっていて、最近、ちょくちょく会ってるんだよ。昨夜も飲んだんだが、社会的共通資本って言葉がよく出てきてな」。と社会的共通資本について、ひとわたりレクチャーを受けた。

後日、朝日新聞にうざわこうぶんの写真入り談話が掲載されて、「あのきったねえ、洟垂れ髭のマラソンじじい」が宇沢弘文という高名な経済学者であることを知った。

休日に探してみたら、家には見覚えがあった。家の前にポリボックスが設置され、警官が一人立っていたからだ。成田空港問題の調査委員を務めていたので、過激派の襲撃に備えて、護衛のために設置されたのだろう。ポリボックスと警官の立姿がそぐわない質素な小さな家だった。

「これは僕の人生にとってとにかくやらなくちゃいけないことなんだ」(「とにかく」に傍点)

村上春樹のエッセイ「職業としての小説家」を読んでいたら、毎日一時間走るという日課について、長編小説を書くため、書き続けるため、有酸素運動がもたらすいろいろな心身の効用を並べながら、最後に村上はこう述べているのだ。

この言葉を読んだとき、白い息と洟垂れ髭を振りながら、懸命に走っていた、あの「マラソンじじい」を思い出したのである。

(敬称略)