コタツ評論

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天使より洗濯使がほしい冬空

2019-01-27 22:26:00 | 政治
最年少の米下院議員であるアレクサンドリア・オカシオ・コルテスさんのマーチン・ルーサー・キングデー演説です。「ジャステス"Justice" 」が連呼されます。

Watch Alexandria Ocasio Cortez’s Inspiring Women’s March Speech | NowThis


"Justice"の訳語としては、正義・公正・公平が挙げられるが、この動画では「正義」が宛られています。はたして、正義・公正・公平は同義に思えるでしょうか。正義だけが浮いていると感じる人は少なくないはずです。

コルテスさんが繰り返す"Justice" は「公正」を当てたほうがずっとしっくりすると思います。「公が正しくあれ」「公に正しくあれ」と読み換えてみてください。

若い頃、ジョン・ロールズの『正義論』を読んだとき、読む前に期待した理念についての議論ではなく、富の不平等を再分配によって公正にしようという現実論だったのに、落胆しつつ感心したものでした。

以来、「正義」という言葉を見聞するときは(そう多くはないのですが)、「公正」に置き換えて、すっと主張や意味が頭に入ってくるかどうかを判断の基準にしています。

「これが正義だ」といわれれば(そんなことをいう人は滅多にいませんが)、そこで思考停止しそうですが、「それが公正というものですよ」となれば、「うむ、なるほど」「いや、待てよ」と繋げられる気がします。

食事であれ、進路であれ、選択肢が多い方がよいに決まっています。

「正義」はどうも尻の穴が小さい印象がありますよね。あるいは口を肛門のようにすぼめて尖らせているような、子どもっぽさがつきまといます。

でも、我が国では「公正」は「正義」より馴染みがありません。平等に傾いた「公平」がいちばんしっくりくる国柄のように思えます。「まま、ここは公平にチョコは一人一個ずつということで」とか。「正義」や「公正」より、「公平」のほうがずっと口にし易いでしょう。

ただし、我が国のなかでも、沖縄だけは、「公平」を「公正」に近く、すなわち「正義」寄りに認識しているように思える出来事がありました。

県民の熱意が政治を動かした 元山さんのハンストで事態急展開 辺野古県民投票
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-866140.html

沖縄、うるま、宜野湾、宮古島、石垣の5市議会が「辺野古」基地建設の県民投票に不参加を決め、沖縄県民の3割が投票できないことへ異議申し立てをするために、大学院生の元山仁士郎さんがハンストを決行しました。多数の署名を集めた「辺野古」県民投票の会の代表のハンストをきっかけに、結局、県民投票は洩れなく実施されることに決まりました。

行政にとっては、県民投票への不参加という選択肢もあったでしょうが、市民には、「賛成・反対・どちらでもない・棄権」と選択肢は多い方がよいはずです。

海外のメディアでも、「シャイ”shy”」といわれることが多いという、「いかにも日本人」な大坂なおみさんですが、「スーパースター」や「女王」というオーラとはほど遠い地味な選手生活を続けそうです。欧米のメディアやテニスのセレブ達は正直なところ、がっかりしていそうです。

でもですね、観客にとってはもちろん、選手にとっても、スポンサー企業など、業界にとっても、選択肢がひとつ増えたといえるかもしれません。

しかし、私服とメイクはなんとかなりませんかね。たぶん、「自前」なのでしょうが、PRエージェントやファッション業界はやきもきしているでしょう。「ふふふ」という気もしますが。

大坂なおみ「成長の証」全豪オープン制覇で喜び語る(19/01/27)


(敬称略)