「100万回生きた猫」という絵本があります。
ちょっと残酷な、それでいて何処までも優しい、不思議な絵本です。
子ども向きでありながら、大人が読んでも胸を打たれるものがあります。
その著者佐野洋子さんが、70歳になって自らの母親について最近書いた本が「シズコさん」です。
著者は、母親が嫌いだった。
学歴をごまかし、知恵遅れの弟妹を生涯無視し、その世話をもう1人の妹に押し付け、息子を溺愛し、長女である著者を虐待した母親。
4歳の時、手をつなごうとして邪険に振り払われてから、著者は一度も母に触れたことがない。
その一方で、母が女手ひとつで4人の子どもを大学まで行かせてくれたこと、主婦として有能であったこと、社交的であったことなどは評価しているのですが。
母を好きになれないこと、そして高額な介護施設に入れたことを「金で母を捨てたのだ」と思い、娘はずっと自分を責め続けている。
「私は母を好きになれないという自責の念から解放されたことはなかった。」と彼女は書いています。
しかし、施設でボケが進んだ母は、別人のように柔和で優しくなる。
そしてようやく、奇跡のように和解の日が来るのです。
”「私悪い子だったね、ごめんね。」
母さんは正気に戻ったのだろうか。
「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ。」
私の中で何かが爆発した。
「母さん、呆けてくれてありがとう。
神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう。」
何十年も私の中でこり固まっていた嫌悪感が、氷山にお湯をぶっかけた様にとけていった。”
でも、それでは、母親がボケなかったら
この二人に和解の日は来なかったのだろうか、と私は考えてしまいます。
私は「百万回生きた猫」が好きなのです。
主人公の猫は、好きなだけ生まれ変わることができるのです。
でも、いつも冷めていて、100万回死んで人がその死を泣いても、ちっとも悲しくないのです。
そして100万回生まれ代わっても、嬉しくもないのです。
その猫が、ある日一匹の白猫に恋をするのです。
でも、いつか白猫も老いていって…
”ある日,白いねこは,ねこのとなりで,しずかに
うごかなくなっていました。
ねこは,はじめてなきました。 夜になって,朝になって,
また夜になって,朝になって,ねこは100万回もなきました。
朝になって,夜になって,ある日のお昼に,ねこはなきやみました。
ねこは,白いねこのとなりで,しずかにうごかなくなりました。
ねこはもう,けっして生きかえりませんでした。”
こんな絵本を描いた著者とその母親の間に
このような凄まじい葛藤があったなんて…
知りませんでした。
「百万回生きた猫」
「シズコさん」
ちょっと残酷な、それでいて何処までも優しい、不思議な絵本です。
子ども向きでありながら、大人が読んでも胸を打たれるものがあります。
その著者佐野洋子さんが、70歳になって自らの母親について最近書いた本が「シズコさん」です。
著者は、母親が嫌いだった。
学歴をごまかし、知恵遅れの弟妹を生涯無視し、その世話をもう1人の妹に押し付け、息子を溺愛し、長女である著者を虐待した母親。
4歳の時、手をつなごうとして邪険に振り払われてから、著者は一度も母に触れたことがない。
その一方で、母が女手ひとつで4人の子どもを大学まで行かせてくれたこと、主婦として有能であったこと、社交的であったことなどは評価しているのですが。
母を好きになれないこと、そして高額な介護施設に入れたことを「金で母を捨てたのだ」と思い、娘はずっと自分を責め続けている。
「私は母を好きになれないという自責の念から解放されたことはなかった。」と彼女は書いています。
しかし、施設でボケが進んだ母は、別人のように柔和で優しくなる。
そしてようやく、奇跡のように和解の日が来るのです。
”「私悪い子だったね、ごめんね。」
母さんは正気に戻ったのだろうか。
「私の方こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ。」
私の中で何かが爆発した。
「母さん、呆けてくれてありがとう。
神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう。」
何十年も私の中でこり固まっていた嫌悪感が、氷山にお湯をぶっかけた様にとけていった。”
でも、それでは、母親がボケなかったら
この二人に和解の日は来なかったのだろうか、と私は考えてしまいます。
私は「百万回生きた猫」が好きなのです。
主人公の猫は、好きなだけ生まれ変わることができるのです。
でも、いつも冷めていて、100万回死んで人がその死を泣いても、ちっとも悲しくないのです。
そして100万回生まれ代わっても、嬉しくもないのです。
その猫が、ある日一匹の白猫に恋をするのです。
でも、いつか白猫も老いていって…
”ある日,白いねこは,ねこのとなりで,しずかに
うごかなくなっていました。
ねこは,はじめてなきました。 夜になって,朝になって,
また夜になって,朝になって,ねこは100万回もなきました。
朝になって,夜になって,ある日のお昼に,ねこはなきやみました。
ねこは,白いねこのとなりで,しずかにうごかなくなりました。
ねこはもう,けっして生きかえりませんでした。”
こんな絵本を描いた著者とその母親の間に
このような凄まじい葛藤があったなんて…
知りませんでした。
「百万回生きた猫」
「シズコさん」