レンブラント、デューラー、ダ・ヴィンチなどが描いた美しい十二の肖像画に寄せて、辻邦生が想像力を膨らませて編んだ十二の物語。
十二編の中から、少しだけご紹介します。
十二編の中から、少しだけご紹介します。

第一の物語「鬱ぎ」(ふさぎ)『ある男の肖像』 ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
”そのくせ妻はヨハネスを棄てきれなかった。 彼の財産にも魅力があったが、それより何より、ヨハネスが都会の女たちのあいだで噂されるような、どこか官能的な容貌の持ち主だったからである”
官能的な容貌の持ち主ヨハネスは、自邸の中庭で、弱々しい奇妙な生き物を見つける。
妻から逃げられてまでも彼が匿いたかった生き物とは何だったのか?
それと引き換えに彼が差し出したものは…?

第二の物語「妬み」(ねたみ)『老婆の肖像』ジョルジョーネ
”エリザベッタはそのとき、炎の揺れ動くなかに、炎とそっくりの恰好をした、金色の、奇妙な生き物をみたのであった。生き物?たぶん生き物であったのであろう、それは炎と同じように楽しげに薪の上で跳ね踊りながら、身をくねらせていたのだから”
幼いエリザべッタが暖炉の中にそれを初めて見たのは、彼女の妹が生まれた時。
妹は醜く不愛想なエリザべッタと違って、天使のように可愛らしく生まれついたのであった。

第六の物語「偽り」『黄金の兜の男』レンブラント
”クリスティナはいつも伏眼がちの、慎ましい女であった。髪を後でひっつめにしたために広く見える額の下に、青い利口そうな眼が微笑みを浮かべていた。ゴトフリートは一目でこのクリスティナに恋情を覚えたのであった。もちろんトマスの手前、彼はそれは誰にも打ち明けたことはなかったが…”
将軍ゴトフリートは、軍人仲間トマスの妻への恋情を自分の胸の奥深くにしまい込んでいた。
隊長トマスの砦がスペイン軍に包囲され、苦戦を強いられていると聞いた時、ゴトフリートの取った決断は…
第七の物語「謀み」(たくらみ)『婦人の肖像』ポライウォーロ(表紙の写真)
” 田舎の厩舎では、案じ顔のエンリコが待っていた。
「どうなさいました?まさかご病気では?」
「病気のほうがどれほどましか分かりません。あなたに言うわけには参りませんが、私は大変な苦しみを受けているのです」
エンリコは、ポリーナにそう言われると、気圧されたように黙ったが、しかし晴れやかな眼が艶を失い、明るい微笑が消えているのをみると、思わず、今の身分を忘れて叫んだ”
この美しい横顔の女性は、フェラーラ宮廷に勤める、馬を愛するポリーナ。
求愛されて結婚したものの、良人カルロの冷たさに悩んだポリーナは、馬丁エンリコに相談するのだが…
世界のあちこちの美術館を覗いてきましたが、肖像画というものは、時の金持ちが財力に任せて高名な画家に頼んだものが多いような気がします。