Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

ああ、そうだった

2020年11月10日 | 社会
(玉井屋の栗きんとん、トールペイントのランチョンマットに)

北海道の新規感染者が、昨日初めて200人に達したのだそうです。
専門家は、GoToキャンペーンなどによる人の往来に加え、冬の乾燥が感染拡大の理由だと。
スーパーコンピューター「富岳」を用いて飛沫の飛散と湿度の関連を調べたところ、1.8m空けて向かい合った2人の片方が咳をすると、湿度30%の場合、60%と比べて2倍以上のエアロゾル化した飛沫が相手に到達することが分かったのですって。


札幌の市街に雪が降っている映像がニュースで流れていました。
北海道は日本の何処よりも冬が早い。
では冬になってもっと寒くなったら、こちらもそうなってしまうのか。
欧州では軒並みロックダウンが再開されているというし。


パリに住む辻仁成の日常を綴ったブログを、なんとなく時々読んでいましたが、それが早くも書籍化されて、改めてまとめて読んでみました。
なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない
今年の2月から6月までの、一人息子とパリに住む小説家のブログをまとめた本。
未曽有のパンデミックに見舞われ、厳しいロックダウンに鬱屈する毎日。
例えばこんな感じ。

”ふと思い出すことがある。いつもの街角のカフェで、ピエールやアドリアンなど地元の仲間たちと「Ca va?」と言い合い、握手して、コーヒーなんかをすすりながら、くだらない冗談を飛ばし合っていた、あのなんでもないけれどとっても幸福だった日々。ずっと快晴が続いているので、あの日みたいにそこへ出かけたくなるのだけど、次の瞬間、外には出られないことに気がついて、茫然となる。収束も終息も見えない。
3月17に始まったロックダウンはきっとひと月かふた月後、解除されるとは思う。経済が成り立たなくなるからだ。
しかし、ある日突然、前のような日常が戻ってくることはないのだろう。何故なら、新型ウイルスが完全にこの世界から消え去ることはないからだ。一度、南半球へ逃げたウイルスは、また冬前に北半球へと戻ってくる可能性が高い。”

これは4月10日の記事。
その後どうなったかを、残念ながら私たちは知っている。
日本はそれでも、欧米よりは遥かにマシであることを喜ぶべきなのか。
先日「STARS展」についての舌足らずな感想を書いたところ、パリ在住の友人に美術館がまだ開いていていいねと言われて、ああそうだったと思ったのでした。
何処まで続くのか、まったく先が見えないコロナ禍…



(最近の自作ネイル)
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「キーパー ある兵士の奇跡」

2020年11月08日 | 映画

イギリスの国民的英雄サッカー選手となった元ナチス兵の物語(実話)という情報だけを得て鑑賞。
終戦後すぐに敵対国で、どうやってそんなことが起こり得たのか?という疑問を持って。


1945年、イギリスの捕虜となったドイツ兵バート・トラウトマンは、捕虜収容所でサッカーをしていた折に地元チームの監督にその腕を見込まれ、スカウトされる。
当然、チームの他の選手からは何故ドイツ兵を?冗談じゃない!と拒否されるのですが、その完璧なキーパーとしての技がチームを勝利に導いたことで、段々と受け入れられていく。
やがて名門チーム、「マンチェスター・シティ」からスカウトされる。



時は終戦後間もない、街のあちこちに焼け跡や銃痕がまだ残っている頃。
マンチェスターには、ユダヤ人の大きなコミュニティもある。
人々の拒否反応は凄まじく、物凄いブーイングが起こり、バートは罵倒され、卵や石を投げつけられる。
当時のモノクロの実録映像も時々差し込まれますが、十万人のサッカー・スタジアムでの大ブーイングというのは、地響きのように響き渡るのです。


そんな中、バートは媚びるでもなく、萎縮するでもなく、キーパーとしてただ黙々とボールを受け止め続ける。
周囲の反対を押し切って、地元チームの監督の娘と結婚もしてしまう。
このやんちゃな娘のマーガレットというのがまた、いい味を出している。
最初は当然のように彼を拒否するのですが、その真摯な姿に段々とほだされ、恋に落ちたとなったら、親や周囲が何を言おうと意に介さない。

1956年、FAカップ決勝戦において、相手チームのラフプレイによって頸椎多発骨折をしたというのは、事実であるようです。
命に関わるような大怪我であったに関わらず、バートは何度も倒れながら試合を続行する。
そして勝利をおさめ、遂にイギリス国民からも受け入れられるのです。
後年、バートは英独両国から、勲章を授与されたのだそうです。
バートがナチス兵であったことは事実、ナチスが人類史上稀にみる酷いことをしたのも事実。
「軍の命令で動いた一兵士に罪はあるか?」
その問いに即答できる人はいないでしょう。


「Rotten Tomatoes」(映画批評サイト)満足度95%というのも頷ける、いい映画です。
バート役、何処かで見た顔だと思ったら、「愛を読む人」の主役の青年デヴィッド・クロスだったのね。
あれもナチスにまつわる作品でした。
イギリス・ドイツ合作 原題「The Keeper」。

公式HP 

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「STARS展」本来だったら…

2020年11月06日 | お出かけ

六本木ヒルズ53階の森美術館の「STARS展:現代美術のスターたち」を観て来ました。
世界が認める現代アートのトップランナー6名、草間彌生、李禹煥、宮島達男、村上 隆、奈良美智、杉本博司の、その初期作品から最新作まで繋いで見せるという展覧会です。
私に印象的だった、その一部をご紹介します。



まずは村上隆の等身大美少女フィギュアが、華やかな桜と富士山の絵を背景にお出迎え。
巨大な赤鬼、青鬼は、現代の仁王像といったところか。



これはもう…何と言ったらよいのか。
村上隆は、日本のオタク文化をアートに昇華させた芸術家と言われているようです。



奈良美智の、頭でっかちのちょっと憎たらしいような顔の子供の絵が好きでした。
今回は沢山の絵の他に、白雪姫の小人の家のような大きな家が会場に鎮座していました。



窓やドアから、オモチャで溢れた内部を覗き込むことができます。
この人は子供の頃の遊び心を、幾つになっても忘れない人なのでしょうね。



そして草間彌生。
無数の突起に包まれたピンクのボートや白い脚立。
この人の作品によく出てくる、男根にしか見えない突起物が全面を覆っている。
彼女の自伝的な小説を以前読みましたが、子供の頃から果てしない幻聴や幻覚に悩まれていたのですね。
ハッキリ言って気持ち悪いが、自分のトラウマをこうして芸術に昇華させたのでしょうか。



この展覧会は、本当は東京オリンピックに合わせて今年の4月から9月に開かれる筈だったのだそうです。
コロナで半年ずれて、ようやく今、開催されることに。
本来だったら外国人観光客で溢れていただろうにと、それを見越して造られたような作品が多いだけに、人数制限されているせいもあるのかガラガラの展覧会場を残念に思いました。



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こんな時代に…

2020年11月05日 | 家庭

久しぶりにトニーローマ六本木店に行って来ました。
二階がハードロック・カフェ、一階がトニーローマと全店アメリカン。
上ではロックが、下ではブルースが流れています。
以前外壁にぶら下がっていたゴリラは、いつの間にか何処かに行ってしまったのね。
オニオンローフ、シーザーサラダ、スペアリブ、チョコレート・ブラウニー。



上京して初めてこちらに行った時には、アメリカンな雰囲気と料理に驚いたものです。
アメリカ映画やアメリカ文学、ベスト・ヒット・USAに浸っていた大学生の私にとって、アメリカはまだ憧れの存在でした。
その後何度も渡米してその現実に驚きましたが、BLM問題やコロナがこんなにも大騒ぎになり(昨日ついに一日の新規感染者が10万人を超えたらしい)、大統領選がこんなにも混迷の極みになる国であったとはね。


そして今日、長男夫婦に女の子が生まれました。
都内の病院で生まれたのですが、このご時世、面会することもできない。
父親である長男も会えないそうです。
コロナ禍の大変な時代によく生まれてきてくれたと、
たった一枚スマホに送られてきた写真を見て、なんだか涙ぐんでいます。



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日光、那須の紅葉④

2020年11月04日 | 国内旅行

そしてひたち海浜公園に寄りました。
去年の5月、こちらのネモフィラを観て感動したのですが、今年の5月はコロナで閉園。
秋のコキアを、ようやく観ることができました。



コキア(ホウキ草)というもののことを、私はろくに知らなかったのですが
直径30㎝ほどの丸いマリモのような植物、緑から赤になり、そして茶色になるのですね。
広大な園が真っ赤に染まる様子が、インスタ映えするというので評判に。
私が行った10月31日はもう盛りを過ぎ、公園のHPにも”見頃は過ぎました”という文言が。
でもコスモスは咲き誇っているというので寄ってみたのです。



那須からひた走って3時頃に着き、日にちも時刻もこんなに遅過ぎではガラガラかと思いきや、広大な駐車場は結構いっぱい。
去年のネモフィラの時期はその駐車場に入れず、臨時駐車場(それも広大)に入れた覚えがあるので、それよりは無論空いていた訳ですが。
何しろここは広いので「密」とは程遠いのですが、私が出会った人々は100%マスク装着。



広大な丘の上に、茶色いコキアが無限に広がっていました。
そしてカラフルなコスモスが優しく風に吹かれている。
これらはみな、11月4日には刈り取られ、来春のネモフィラの用意がされるのだそうです。
今年のネモフィラは可哀そうだった、あれだけの膨大な量の花を咲かせるために、人々のどれだけの努力がその陰にあったか分からないのに。
この秋の最盛期には人数制限とか予約制とかあったとはいえ、君たちは見て貰えてよかったね、よく頑張って咲いたね、そんな思いで美しい眺めを堪能しました。
この日の私の万歩計は、15911歩11.2㎞。
タロウも爺さん犬のくせによく頑張りました。



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日光、那須の紅葉③

2020年11月03日 | 国内旅行

宿泊施設を探すときに犬連れ可という条件をつけると、候補数は激減します。
個室に露天風呂付きという条件を加えると、更に難しくなるのは言うまでもない。
今回なんとかその条件をクリアした宿は、那須の「伏楽の館」。



こちらでは夕食朝食も部屋に運んでくれるので、夕方チェックインしてから翌朝出るまで、部屋から一歩も出ませんでした。
大浴場もあるということでしたが、源泉かけ流しの露天風呂が部屋についていたらそれで十分。
犬連れ可ということで色々な犬の鳴き声が他の部屋からかすかに聞こえていましたが、他の犬に一度も会うことなく、犬嫌いのタロウにとっては大助かりだったかも。



随分素朴な感じの料理でしたが、那須和牛の鉄板焼き、しゃぶしゃぶ、鱈のホイル焼き、地鶏の釜飯など、少量ずつを机上で作りながら食べられるのは嬉しい。
多すぎて、とても完食できませんでしたが。



翌朝はマウントジーンズ那須のゴンドラに乗りました。
標高1400mの山頂まで紅葉の中を登るというもので、紅葉の盛りはもう過ぎていましたが、大人1700円×2+犬900円=4300円の乗車券をGoToチケットでまかなえたのはありがたい。
それでも使い切れなかったので、後は昼食やお土産を。
頂上にはドッグランもあり、多くの犬が楽しそうに走り回っていました。
犬が怖いタロウは柵の外から眺め、頂上付近をぐるりと一時間ほどかけて散歩。
何しろ犬を連れて行けるというのは、本当に嬉しい。
日本ではそうした観光地は、まだまだ少ないのです。



頂上付近を歩いていたら、突然ラジオ放送の音が響き渡って来ました。
こんな雄大な自然の中で何事?と思ったら、クマよけのために終日流しているのだと説明書きが。
その近くに、クマが近年登り、その時につけられたという爪痕が残った木が。
今、クマが里山に出現しているというニュースが全国的に流れていますが
こんな爪の持ち主にバッタリ出会ったら怖いよねえと思わせられる、大きな生々しい爪痕でした。
その後、ツツジ吊り橋、殺生石を廻りました。



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日光、那須の紅葉②

2020年11月02日 | 国内旅行
(陽明門)

紅葉真っ盛りのいろは坂は、金曜日というせいもあったのか、渋滞もありませんでした。
溜息が出るほどに綺麗だったのですが、快調に流れすぎて車の窓から紅葉を撮る暇もなく、あっという間に通り過ぎてしまいました。



東照宮は中学の修学旅行で行って以来、デンマーク人の友人を連れて行ったり、幼い息子たちを連れて行ったりしているのですが、記憶はもう限りなく曖昧。
44年ぶりの4年間をかけた大修理を近年終えたというので、楽しみにしていました。
しかもこちらは有名な神社には珍しく、犬連れ可なのです。


(唐門)

江戸幕府初代将軍、徳川家康公を神格化した東照大権現を祀るお宮、東照宮。
ここには「神獣」と呼ばれる、様々な動物たちの彫り物があります。
信仰心も美意識も薄い私、この動物たちに注目してみました。



まずは「見ざる言わざる聞かざる」の有名な三猿。
これは、東照宮に仕える神馬の厩舎の屋根の下にあります。
確かに色鮮やかになり、毛並みも生き生きとした三匹の猿が、そこにいました。



江戸初期の絵師、狩野探幽が実物を知らずに想像で下絵を描いたと言われる象の彫刻。
フニャフニャの耳、尖った爪、まがまがしい目が面白い。
象という生物を見たことがない人間が、想像で描くとこんな風になるのか。



そして左甚五郎作の眠り猫。
これは、家康公が眠る墓所「奥宮」に通じる東回廊潜門の上部にいます。
昔見た時にも、ちっちゃい!これだけ?と思いましたが、今回も同じ感想を。
そこをくぐると207段の石段があり、家康の神棺が納められている御宝塔まで続いています。
結構急な階段だったのですが、タロウもよく頑張りました。



極彩色の豪華絢爛な陽明門、白と黒と金のシックな彩りの唐門、どちらもこれを造るには、或いは修復するにはどれだけの手間がかかったのだろうと思うと気が遠くなるような、精微な彫刻が施されています。
ただ…
三猿と眠り猫に関しては、修復したらツルリとした只の猿と猫になってしまったような気がしないでもない。
以前の剥げかかった古い彫刻の方が味わいがあるように感じるのは、私だけかしらん?


(修復された猿)

(古い三猿 ネットから)
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日光、那須の紅葉➀

2020年11月01日 | 国内旅行

一昨日快晴の朝、東北自動車道を経て中禅寺湖で降りると、空気がヒンヤリしていました。
体感で言うと、都心よりも10℃位低いような感じ。
車で2時間ほど走っただけでこんなに違うの?と驚きましたが、中禅寺湖というのは標高1269mで、日本でも屈指の海抜高の湖なのですってね。



その周りをタロウを連れて散策。
くっきりと聳える男体山をバックに、周辺の燃えるような紅葉が美しい。
こちらの冷涼な気候が愛されて、イギリス、イタリア、フランスなど多くの国の大使館の別荘がかつてあったようです。
でも湖畔の建物は今では、和風建築のお土産屋、洋風建築のペンションなどゴチャゴチャに入り混じっていてちょっと悲しい。
草津など日本の観光地は何処もそうですが。
景観条例などで落ち着いた雰囲気を守れないものかと思ってしまいます。



お昼は、犬連れ可の郷土料理とお土産屋「桝谷味処」で。
湯葉刺し、湯葉の天ぷらがついた湯葉うどんを。
そこから日光東照宮に向いました。



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