先日、Oちゃんが初めてライブに参加した。
オペラ『泣いた赤おに』。1時間。
家の前の公園の鉄棒で足抜け回りができることを見せてはしゃいでした。
家から駅まで1キロぐらいの道のり。
4人のお姉ちゃんたちと一緒に出発。
歩き始めると早速
「おしりが痛い。あるけない。てつぼうでおしりが痛くなった」
なぜ鉄棒でおしりが痛いのかよく分からないが、仕方なく私がおんぶ。
途中から歩道のタイルの色を選んで線を踏まずに歩くことが楽しくなって、歩き出す。
電車に乗って降りた駅からホールまで約1.5キロ。
これは元気に歩きました。
オペラが始まる前に、
「始まったら大きな声をだしたり、動き回ったりしたらだめよ。
もし大きな声をだしたり、歩いたりしたくなったら、一緒に外へ出ようね」
と言っておきました。
もう最後という、赤おにが青おにの手紙を呼んでいる感動シーンで
「声をだしたくなった」というのです。
「なんて言いたくなったの?」ときいても
「声をだしたい」というだけ。
「お外へ行きたいの?」というと「うん」とうなずく。
「もう少しで終わるから待ってられる?」というと
最後まで見ていました。
帰り道、家が近くなってから
「足とおしりがかゆい」といって今度はCちゃんにおんぶ。
これらをふりかえって鑑みるに、
おんぶしてほしい
外へでたい
と言いたいが
それには理由がいると考えて、おしりがいたいとかかゆいとか、
声をだしたいとか、言っている。
本当の理由は分からない。
本人もなぜそうしてほしいのか、理由はわからないのだろう。
子どものことばの奥、そしてことばにならないことの奥を知ることは
難しい。
ちなみにOちゃんのオペラの感想は
「赤おにがバナナで転んだのがおもしろかった」
「お話はよくわからない」
「おには本当は人間だったからこわくなかった」
そうです。
そして「また行きたい!」
ついでに記しておくと、4人のお姉ちゃんたちもこのお話を知らなくて
Cちゃんは感動して泣いた。
Aちゃんは「ピアノの連弾は迫力があった。お話は小さい子向けだった」そうな。
(演奏はピアノの連弾とパーカッションで、とても素敵でした)
オペラそのものだけでなく、行き帰りにびわ湖を見ながらピクニック気分で持参のおにぎりやおやつを食べたのも楽しかったようです。
オペラ『泣いた赤おに』。1時間。
家の前の公園の鉄棒で足抜け回りができることを見せてはしゃいでした。
家から駅まで1キロぐらいの道のり。
4人のお姉ちゃんたちと一緒に出発。
歩き始めると早速
「おしりが痛い。あるけない。てつぼうでおしりが痛くなった」
なぜ鉄棒でおしりが痛いのかよく分からないが、仕方なく私がおんぶ。
途中から歩道のタイルの色を選んで線を踏まずに歩くことが楽しくなって、歩き出す。
電車に乗って降りた駅からホールまで約1.5キロ。
これは元気に歩きました。
オペラが始まる前に、
「始まったら大きな声をだしたり、動き回ったりしたらだめよ。
もし大きな声をだしたり、歩いたりしたくなったら、一緒に外へ出ようね」
と言っておきました。
もう最後という、赤おにが青おにの手紙を呼んでいる感動シーンで
「声をだしたくなった」というのです。
「なんて言いたくなったの?」ときいても
「声をだしたい」というだけ。
「お外へ行きたいの?」というと「うん」とうなずく。
「もう少しで終わるから待ってられる?」というと
最後まで見ていました。
帰り道、家が近くなってから
「足とおしりがかゆい」といって今度はCちゃんにおんぶ。
これらをふりかえって鑑みるに、
おんぶしてほしい
外へでたい
と言いたいが
それには理由がいると考えて、おしりがいたいとかかゆいとか、
声をだしたいとか、言っている。
本当の理由は分からない。
本人もなぜそうしてほしいのか、理由はわからないのだろう。
子どものことばの奥、そしてことばにならないことの奥を知ることは
難しい。
ちなみにOちゃんのオペラの感想は
「赤おにがバナナで転んだのがおもしろかった」
「お話はよくわからない」
「おには本当は人間だったからこわくなかった」
そうです。
そして「また行きたい!」
ついでに記しておくと、4人のお姉ちゃんたちもこのお話を知らなくて
Cちゃんは感動して泣いた。
Aちゃんは「ピアノの連弾は迫力があった。お話は小さい子向けだった」そうな。
(演奏はピアノの連弾とパーカッションで、とても素敵でした)
オペラそのものだけでなく、行き帰りにびわ湖を見ながらピクニック気分で持参のおにぎりやおやつを食べたのも楽しかったようです。