ドラマのとびら

即興の劇や身体表現で学ぶ、教える、浮き沈みの日々とその後

吉本新喜劇

2018-12-25 09:24:52 | 研究会報告
昨日の続き。

23日は、オプショナルツアー。円山公園長楽館で演劇教育交流会ののち、吉本新喜劇へ。

まずは漫才。生で見るのは面白く大笑い。
ただメッセンジャーの大阪のおばちゃんネタは、なるほどと思いつつ、そんな人ばかりではないだろうと私の中でツッコミが。
大阪のおばちゃんが聞いても笑えるなら良いのだけれど。

新喜劇は、笑いって何だろうと考えさせられた。
こちらは笑いに行ってるし、向こうは笑いを期待しているし、笑ってしまう。
若手がアドリブを茂造じいさんに求められて苦戦するのは、面白くもある。

ただ、人をおちょくる、貶めるというものがあり、そういうものって笑いのツボではあるけれど、相手が弱者の場合はどうなんだろうと思ってしまう。
強いものや権力を対象にしてほしい。

笑いって生きていくのに欠かせない。だから、弱者を笑ってでも生きようとするのか。
笑われながら生き抜いた弱者こそ、強い人なのかもしれない。
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全劇研in滋賀・京都

2018-12-24 20:46:48 | 研究会報告
演教連主催の研究集会。
12月22日が講座と全体会。
23日が演劇教育についての交流会と吉本新喜劇の鑑賞。

お知らせをこのブログに書くのをすっかり忘れていて、報告だけになってしまいました。

どの講座もとても好評でしたが、私が参加したのは午前は即興的な表現で音楽を楽しむ日笠みどりさんの講座。午後は演劇的な手法を用いた道徳授業の講座。

「私は木です」でウォームアップ。園児になってくださいと言われたのに「桜の花びら」の下でお酒をのむ酔っ払いになってしまったりして。

朝起きてから寝るまでの園児の1日を、音楽に沿って展開。

「犬のおまわりさん」ではカラスになりました。
せっかく迷子の子猫ちゃんの家を見つけたのに、お父さんに「旅に出したのだから、帰ってくるな」と言われたり、園児とはずいぶん違う展開になったようです。
けれど強くなったことをアピールして、無事に帰ることができました。

「かめの遠足」は音楽に乗って、歌詞に沿って動くだけなのですが、メチャおもしろかったです。
のろくて、なかなか山に行きつかないのです。
3日も4日も歩き続け、本当はほとんど動いていないのに、ずいぶん疲れました。

「おもちゃのチャチャチャ」は兵隊になりました。
おもちゃのパーティーは楽しかった!

このあとは、歌詞がなくて、音楽だけで踊ったり、音だけで場を想像して動いたり。

とにかく、いつになく動いたし楽しかったです。
あとのふりかえりでは、こういう遊びの大切さ。
物がなくても遊べること。ひとりでも想像の世界で遊べること。想像の世界を共有して遊べることの重要性を語り合いました。


午後の講座は、演劇的な手法を用いた道徳の講座。
小学校で演劇的な手法を取り入れた研修を全校あげて取り組んでいる美濃山小学校の研究主任の藤原先生(きゅーぴー)と、道徳教育の研究者の荒木先生のふたりの講座。
これは私の企画で、これを思いついたときは、私自身がぜひ出たいと思ったし、参加希望が多すぎて悩む夢まで見ました。

結果的には20人足らずのちょうど良い感じに収まりました。

前半は「銀の燭台」という『レ・ミゼラブル』からとった道徳教材の授業。
直前に藤原先生から「お願いがあるんですけど」といわれ、ミリエル司教の役をすることに。
ぶっつけ本番でしたが、藤原先生のナビのおかけで無事役割を果たしました。

燭台を渡された時のジャンの気持ちになってみたり、燭台を渡すときの司教の心の声を発してみたり…ということをやったうえで、最後は司教への手紙を書いて、司教の行為を自分事として考えてみるという授業でした。

これを受けて荒木先生の講演。押さえるべきことを押さえれば、実は道徳は何でもありで、自分事として考えることや、多様な視点をもつことが大切というお話に、道徳がとても創造的な授業に思えました。

道徳的価値と道徳的価値観の違いや、演劇的手法の劇薬は毒にもなる話など、あとのディスカッションも充実していました。

満足、満足。

全体会で各講座の報告を聞きましたが、どの講座も充実していたことが伝わってきました。
中・高校生のお芝居もあったのですが、見ることができませんでした。
でも、懇親会で話が聞けて良かったです。

一方で、この日に限って携帯を忘れ、ボランティアをお願いした学生が私と連絡を取れなくて困ったり、CDデッキを返し忘れていて職員の方に待っていただいたり、その他もろもろバタバタして、不手際がたくさんありました。
自分のキャパシティがどんどん落ちている気がします。

あとの懇親会で、ミリエル司教の演技を大絶賛していただきました。
あれがあったから、その状況に簡単に入れたと。
ほんとう? そんなに良かった? 

次のライフステージはやっぱり女優かな?

23日の話はまた後日。
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どうも調子が変

2018-12-15 17:07:25 | 日記・エッセイ・コラム
今朝から頭が痛い。
最近、おかしいことが続く。

以前もおかしかったので、おかしいのが普通かもしれないけれど、しばらく調子が良かったので、こう立て続けに失敗すると落ち込む。

傘を電車に忘れた。これはよくあること。

ポンタカードをなくした。DVDを借りた店に、再発行をお願いしたら、その店に落としていた。

自転車のカギをなくした。これも買い物をしていたその店のサービスカウンターで預かってくれていた。

もう退職するのに、大学までのバスのカードをチャージしすぎた。ボーっとしているからこうなる。

授業の時間を間違えた。焦って、授業を終了したら、まだ20分前だった。

学生の模擬授業に、めちゃ勘違いをして頓珍漢なことを言っていた。これはいつものことか?

捨てるはずのものがとってあって、とってあるはずのものを捨てていた。

「忙しすぎて」ではない。
最近、忙しくはないのに、何もする気が起きない。
もう終わるかと思って、気が緩んでいる?
いやあ、脳の血管が詰まっているに違いないです。

スイセンもおかしいね。
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授業づくりの考え方

2018-12-14 09:29:19 | 授業・教育
渡辺貴裕先生の『授業づくりの考え方』
やっと1月に発売されます。

教職実践演習の授業では、毎年模擬授業をしてもらいます。
もう教員になることが決まった学生と、就職が決まって教員にはならない学生と、模擬授業への熱が全く異なる中で、有意義な模擬授業はどうしたら…というのが悩み。

特に、模擬授業のふりかえりをみんなにとって意味があり、それぞれが得るものがある話し合いにするにはどうしたらよいのか…。
グループに分けて授業をするため、私がずっとついてるわけではありません。
4回生でもあるし、学生たちだけでできるようにしたい。

でも、学生たちだけのふりかえりは、「私はこう思いました。以上」「私は○○でした。以上」というように一巡したらそれ以上深まらない。
「以上」は、これ以上私の言うことに触れないでちょうだいというように聞こえるし、「『以上』は言わない、共通の話題を見つけて深める」などとアドバイスするのですが、そのときは気をつけても、なかなかうまくいかず。もちろん、グループによっては、とても深まるのですが。

数年前、獲得型教育研究会でちょっと悩みをもらしたときに高尾隆先生が「私は良い、悪いではなく好きだったところ、あまり好きじゃなかったところを語ってもらっている」と話されました。
「良い、悪い」となると評価になってしまうけれど、「好きかどうか」は個人の自由で、いろいろあって当たり前だから、と。

なるほどと思い、それ以来そういうことを学生に伝えてきました。貴裕先生のこの本は、「実感をともなった」話をするということが書かれています。
高尾先生と同じことだなと思うと同時に、具体的に例をあげて語られているので、だれでもとっつきやすい。

これまでも貴裕先生は対話型リフレクションについて書いておられます。今年は高尾先生の言葉にくわえて、貴裕先生の論文「学習者の視点をもつて実践の振り返りを深めるということ」「教師自身の学び手としての感覚の活性化」を学生たちに読んでもらい、それをもとに授業のふりかえりをしてもらっています。

今までの感覚があるから、最初はなかなかうまくいかないグループがありますが、3回、4回とくりかえす中で、ざっくばらんに思ったことを伝えあい、共通に引っかかったところで深めていけるようになり、学生自身がふりかえりの話し合いにとても満足感を感じるようになっています。

ただ、当然と言えば当然ですが、肝心の模擬授業が手抜きで、ろくに考えずに授業をしてしまうと、授業者はとても後悔することになってしまいます。

教員になろうとしている人、教員研修や教員養成にかかわる人には、ぜひ読んでほしい本です。
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京都環境フェスティバル

2018-12-09 20:31:22 | 日記・エッセイ・コラム
今日は、シェアリングネイチャー協会のボランティアで、環境フェスティバルへ行ってきました。

通りがかった親子に、石に名前をつけたり、落ち葉に目をつけたり、落ち葉のステンドグラスをつくってもらったりしたのですが、子どもの発想はおもしろい!

左上、大人の作品。左下、私。その他、子どもたち。


石の名前。青は大人。その他は子ども。人の想像力の豊かさに嬉しくなります。


これは、向かいのブースでリサイクルガラスに絵を描くワークショップをしていたので、一時ボランティアを放り出して参加。

リサイクルガラスでこんなに素敵なものができるなんて。

今日は一日、とても楽しかった!
来年もまた来たい!
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