大学の民俗音楽の講義で、世界で一番恐ろしい音楽として講師が紹介したのがチベットの仏教音楽だった。数々の金物を打ち鳴らしながら僧侶が読経するのだが、その声が超低音で地響きを上げ、とてもこの世のものとは思えない禍々しい気迫に満ちていて私は一発でノックアウトされた。早速Nonesuchレコードの民俗音楽シリーズからこのタイトルのLPを買い込み大音量で流しては家族/近隣の顰蹙を買っていた。
坂田明さんのdoubt musicからの新作CD「平家物語」を聴いてチベットの仏教音楽に感じたのと同様の畏怖の気持ちが沸き上がってきた。朗読、声、木管、鳴りものの全てをひとりで演奏している完全なソロ・アルバムで、お馴染みの♪祇園精舎の鐘の声~♪で始まる鎌倉時代に編纂された13巻に亘る軍記物語から7章を選んで朗読/演奏している。琵琶法師が語り継いできた物語であるが、こうしてポップ・フィールドのアーティストが正面切って取り上げるのは初めてだろう。
恐るべきは坂田さんの朗読の迫力である。以前キッドアイラックホールでのソロ・ライヴの時、平家物語から2編ほど生演奏を聴いたことがある。そのときはノン・マイクだったため坂田さんの声のパワーは充分に伝わらなかった。しかしこうしてレコーディングされてみると、ヴォイス・パフォーマーとしての坂田さんの真骨頂が120%伝わってくる。喉から絞り出すようなダミ声が大迫力で迫ってきて、聴くものを圧倒する。これぞ元祖"デス声"である。アルト・サックス、クラリネット、バスクラリネットは勿論素晴らしい演奏だが、諸行無常に貫かれた奥の深い哀感が籠められており、聴いていてもらい泣きそうになってくる。圧巻は6曲目の「木曾最期」で、3分間の中に激しいサックスのブロウ、鳴り響く鈴の音、迫力の叫び声がオーヴァーラップし、亡者が墓場から蘇ってきそうな物騒な演奏である。
盲目の琵琶法師の術祖にも引けを取らないこの異形の演奏は音楽以前の人間の不条理を詰め込んだ恐ろしき問題作といえるだろう。ゆめゆめいい加減な気持ちで対峙してはならない。
↓これは「平家物語」ではなく「死んだ男が残したものは」by坂田明トリオ。坂田さんの語りが聴ける。
坂田さん
旅してきたよ
地獄巡り
灰野さんと坂田さんのヴォイス対決なんてあったら聴いてみたいものだ。