キース・ティペット(Keith Tippett、1947年8月25日 - 2020年6月14日)というピアニストのことを知ったのは1982年に発売されたロック・コレクターズ・シリーズという再発盤だった。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニコ、ブルース・プロジェクト、エリア・コード615といったアメリカン・ロックの中に、ジュリー・ドリスコールの『1969』というアルバムがあった。ヴェルヴェッツを買わずになぜこのレコードを買ったか理由はよく覚えていないが、好きだったギタリスト、クリス・スぺディングが入っていたことと、サリー・オールドフィールドやサンディ・デニーといったイギリスの女性ヴォーカルにハマっていたからだと思う。実はヴェルヴェッツは最初に買った『Live At Max's Kansas City』のチープな音に失望して興味を失っていた。正直言ってジュリーのソウルっぽい歌声は好みではないが、イギリスらしい陰影のあるアコースティック・ナンバーは心に染みた。それらの曲でピアノを弾いているキース・ティペットとジュリーが、このアルバムがきっかけで恋に落ちて結婚したというエピソードをライナーで読んで、いい話だな、と記憶に残ったのである。
Julie Driscoll - 1969 (1971 Full Album HQ)
そのあとにキング・クリムゾンの『リザード』や『アイランド』といったキース・ティペットが参加したレコードを聴いた筈だが、エイドリアン・ブリューが入った新生クリムゾンのほうが好きだったので、あまり熱心に聴いた覚えがない。『太陽と戦慄』で暴れるジェイミー・ミューアのほうが印象に残っている。キース・ティペットは、むしろソフト・マシーンからの流れで好きになったサックス奏者エルトン・ディーンのグループのメンバーとして認識していた。だから、クリムゾン・ファミリーと言うより、ソフト・マシーン人脈という印象が強い。
Hopper / Dean / Tippett / Gallivan - Echoes
それ以降、特にキース・ティペットに関心を持っていたわけではないが、2010年代に知り合ったゆらゆら帝国ファンの若い子が、キース・ティペットの2nd『Dedicated To You, But You Weren't Listening』を愛聴している、と言っていて気になっていたところへ、タイミングよく来日公演があった。2013年3月16日(土)中目黒・楽屋。ピアノ・ソロということであまり期待しないで行ったのだが、ピアノの内部にオブジェを置いたり動かしたりして、生ピアノとは思えない不思議な音響を生み出す演奏に心を鷲掴みにされた。俯き加減に鍵盤を凝視し集中している姿に、一音たりとも聴き逃すまいと集中力を研ぎ澄ます50分間のコンサートは、演者と聴き手の真剣勝負だった。演奏後の心地よい疲労感は、この上なく充実感に満ちていて、終演後気軽に話に応じてくれるキースの心遣いも嬉しかった。2年後の2015年2月8日(日)新宿ピットインでのピアノ・ソロも同じように素晴らしかった。ジャズクラブということで、前回よりも多少格式ぶった演奏だった気がしたが、集中力と異世界感は相変わらず素晴らしかった。次に来るときは奥さんのジュリーと一緒にライヴをしたい、と語っていたのだが、もうかなわぬ夢になってしまった。
⇒キース・ティペット@中目黒 楽屋 2013.3.16 (sat)
⇒英ジャズシーンを代表するピアニスト、キース・ティペットが死去
こんな日は、何枚かある彼のレコードの中から、50人編成のオーケストラと、たった一人のソロ・ピアノを聴いて故人を偲ぶことにしよう。
●Centipede / Septober Energy(RCA Neon – NE 9 / 1971)
キース・ティペットの発案で1970年に結成された50人以上の編成のジャズ・オーケストラ。ソフト・マシーン、キング・クリムゾン、ニュークリアスやブロッサム・トゥズなど当時のプログレッシヴなロック/ジャズバンドのメンバーが参加した。何回かコンサートを行い、解散直前の1971年にロバート・フリップのプロデュースで制作されたのが唯一のアルバム『セプトンバー・エナジー』。ティペットのスコアを基に即興演奏を交えて展開される90分の組曲は、クラシック/現代音楽の要素も濃厚な(フリー)ジャズロック。アメリカやヨーロッパのフリージャズとは異なるイギリスならではのストーリー性のあるアンサンブルを提示し、その後のブリティッシュ・ジャズ/プログレッシヴ・ロックに大きな影響を与えた。
Centipede - 1971 - Septober Energy [Full Album]
●Keith Tippett / The Unlonely Raindancer(Universe Productions – 2 LS 48 / 1980)
1980年に発表された初の完全ソロ・アルバム。『孤独ではない雨の踊り子』という逆説的なタイトルと、空のしたにひとつ建つモニュメントが、例えようのない孤独を感じさせるが、抒情性のあるメロディ、テクニカルな高速ミニマル、プリペアドピアノの非ピアノプレイなど、実験精神と感情表現に満ちたサウンドは、孤独を忘れさせる心の曼荼羅模様。ピアノ独奏にありがちなヒーリング感やアンビエント風味は皆無。覚醒して音と対峙することが求められる挑戦的な問題作である。この後ティペットはMujician(ミュージシャン)というソロ・プロジェクトを立ち上げ、実験的なピアノの可能性を追求することになる。
Keith Tippett – The Unlonely Raindancer (1980) [vinyl]
ピアノ弾き
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