グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

ジオパーク関東地区大会&全国研修会報告会

2015年02月13日 | 火山・ジオパーク
本日午後7時から「ジオパーク関東地区大会&全国研修会報告会」を開催。
15名が参加しました。

(写真は開始前)

報告内容は・・・
1・昨年10月の関東地区大会(中林・船木)
関東地区の8ジオパークが集まり、事務局、観光、ガイドの分科会に分かれて、それぞれ取り組みを発表し合ったとのこと。

2・昨年10月31日 三陸ジオパークのジオツアー
八戸~震災学習列車~宮古のツアー(西谷)
海岸段丘があり高台に家の建つ八戸でのガイドツアーや・・・


三陸鉄道の皆さんが始めた震災学習列車。


そこで語られていた言葉。


宮古周辺のツアー(船木)
サッパ船と呼ばれる小型の船で、海岸線からの観察を行い、洞窟や崖に近づき・・・

津波で倒された防潮堤を見学。(撮影・船木)

その土地で生まれ育った漁師さんの語りや・・・
津波で壊れたホテルの方が自ら語る内容など。


11月1日、午前中に4つの事例紹介とアンケート結果発表、午後がグループ討議(西谷)
事例紹介は、ひとつの事例を1ページにまとめました。








また、事前アンケートの結果発表や・・・

(3年前より断然、ガイドを防災の担い手とするジオパークが増えてきました)

午後のグループ討議は、各ジオパークで起こる災害や、身近にある災害の恵み、今の課題の解決方法などについて・・・。

以上ここまでが、今日の報告内容です。
そして面白かったのが、この後です。

会場から様々な意見が出ました。伊豆大島の災害ボランティアの中心となって働いてくれた方からの情報は、特に印象に残るものでした。

「三陸全体に「津波てんでんこ」の話はある。津波の教訓を語る石碑も至る所にある。でも犠牲者が出たが、ばあちゃんが口を酸っぱくして伝えている場所の方が被害者は少なかった。また明治三陸津波が来なかった所の人が、多く亡くなった。

昭和三陸津波でも高台移転になった。でも漁師の作業小屋は海際に建っていく。何10年かするとそれが家になっていく。高台移転は、戻りたい希望の人の個数しか作られないが、戻る人は半分しかない。それは年配の人。若い人は待てない。田老地区も半分あるかないか。

南三陸は災害前も観光のボランティアガイドがいて、震災2ヶ月後には語り部ガイドを始めていた。4月に町を挙げての復興市を月1回始めた、ボランティア参加した人たちがリピーターになる仕組みを観光協会が作った。石巻でも観光ボランティアを受け付け手いる。」

その他の意見として・・・
○鱗形の丸い堤防を作ってはどうか?、
○撮影ヘリなどで、良い画像を大画面で提供して雨の日も楽しんでもらえるようにしては?
○大噴火を意識して住むのと、何も意識しないのとでは対応が違うと思う。
○防災は普通に生活しいると忘れていく。ジオパークに関係している人、ガイドが語って周知していく役目が大きい。
○バーチャル見て、酒飲みながら楽しく防災を考えるのも良いかも。
○岡田地区では「津波てんでっこ」と言う。岡田も津波で被害出ている。文学作品との関係、文化面の面からジオパークに取り組んでは? 等々・・・。

次々に出る意見に、まるで拡大運営部会をしている気分になったのでした。

面白かった・・・毎日でも語りたいです(笑)。

(カナ)








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