グローバルネイチャークラブのガイド日記

グローバルネイチャークラブ(旧グローバルスポーツクラブ)のガイド仲間が観察した伊豆大島の自然の情報を中心にお届けします。

それぞれの噴火体験

2012年01月31日 | 火山・ジオパーク
今日は1月27日に行われたジオパークガイド講習第3回「それぞれの噴火体験」の様子を報告します。
(夢中になってメモっていたので、写真が1枚しかありませんがお許しください~。)

島民の噴火体験もジオパークの大切な財産…その体験から学ぼう!という目的の講習。
今回の参加者は36名でした。

講師として話をして下さった三田さん、沖山さん、白井さんの、それぞれのお話の中から、
印象に残った事を報告します。

三田さんのお話(当時大島温泉ホテルのバス運転手)
「噴火が始まってから観光客が増え、温泉ホテルの山側の部屋は満室だった。これは観光客が増えていいぞ、と思っていた。割れ目噴火が起こった日は40名の客を乗せて山に向かっていた。一時間ごとぐらいに大きな地震があって、風圧を感じ変だと思っていた。バスのお客様に三原山を見てもらおうと指をさしたとたんに、指の先で割れ目噴火が始まった。」←ここ、かなりうけてました。その時バスに乗っていた人は、三田さんを魔法使いだと思ったのでは?

このあと異なる情報に翻弄されて、バスを南部から北部へ往復させた時の臨場感あふれる話が続きました。
「当時自家用車は1台も走っておらず、バスだけだったので混乱はなかった。これは島民の協力があったからで、島の良さだと思う。」という話が印象的でした。

「噴火の時40台あったバスが今は20台、そして運転手は13名。」という話も切実…。
災害の時にどうやって人を運ぶのか、みんなで考え知っておく必要があることを痛感しました。

沖山さんのお話(当時保育園園長)
「大島の溶岩はカルデラからあふれ出すことはないと聞いていたので、噴火が始まっても心配していなかった。6日後に割れ目噴火が起こり、元町港の桟橋から山肌に赤い溶岩が流れるのが見えたが、その先がどこに行っているのかわからなかった。色々なうわさが流れていた。バック一つで元町から船に乗ったが、いつ戻れるのか島はどうなるのかわからず、みんなと一緒だということが唯一の救いだった。」

その後沖山さんは、24時間丸見えのプライバシーのない避難生活にも屈せず、約2週間後には都内8か所の避難所で臨時の保育所を開設。帰島前日までの13日間、保育所を続けられたそうです。
「これも大島の合同保育で保育士同士の協力体制ができていたから、できたことだと思う。」というお話が心に残りました。

噴火体験の話しの中には、様々な問題点と共に“島社会の良い面”も色々と出てきました。

白井さんのお話(当時NTT)
緊急時の通信網がどのようになっているか、当時情報伝達がどのようになっていたかや消防団と警察との連携がいかに大切かなどを話してくださいました。

ところで今回の講習の参加者の中で1986年の噴火を経験している人は18名、ちょうど半分でした。
その方達の何人かにも、話をしていただきました。

その中の「一万人が一万通りの経験をしている。職業、年齢、性別などおかれた立場によってそれぞれの噴火体験がある。」という言葉は、たぶん参加者全員が感じたことだったのではないでしょうか?

そして「写真や本をバックにつめて逃げた。火山セミナーをやっていたから慌てなかった。」という言葉も、とても印象的でした。

そう、何が起こっているかわからないと、わかっている時の何倍も恐いですよね。
わからないと、なす術がないですから…。

この先、地面がドスンドスンと突き上げるように大きく揺れて、もしかしたら目の前で赤い火柱を見ることがあったとしても、(活発な火山島に住んでいる限り、そういう日は来るのでしょうけれど)その現象の意味や対処方法などを知ることで、感じる恐怖の質も量も違うような気がしました。

この日の講習でそれぞれの方の噴火体験を聞いたことで、ただ理論で防災の必要性を学ぶよりずっと身近に、その必要性を感じたのでした。

今回の講習で聞いた皆さんのお話をガイドの時に紹介すれば、大島を訪れた人たちにより身近に“生きている火山”を感じてもらうこともできるでしょう。

「ジオパークはみんなで作っていくもの。」そのことを、ますます強く感じた講習でした。

(カナ)




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私も雪で!

2012年01月30日 | 今日の大島
わ~い 雪だ!
でも降ったのは5日前だったかな!

ジオパークでお客さんとお話する時、『大島でも雪が降るんですね』って良く言われます。ハワイの様に暖かいと思っている方が居るのですね。地図上で見ても千葉の房総半島と伊豆半島を結んだ線上に有って東京や神奈川より2~3度暖かい程度、冬は風が強い日が多いので体感温度は思っている以上に寒いかもしれません。それに三原山は500メートルほど高いので雪の降る率は高いのです。

今回の歩き行は“裏砂漠”
山頂のお鉢を歩く人が。もしかしたら西谷さん達だったりして
スノボらしき人も(双眼鏡装備しなければ…良く見えん)

楽しい歩きの仲間

雪だるまも作って!

櫛形山中腹にあるオオバヤシャブシ
夏には葉を広げて木陰を作ってくれました。それに、何年か前の裏砂漠草取りを免れた木です。(思い入れが有る方が働きかけをしたようです。もう1本は掘られてしまいましたが)
目印にビニールの袋がかかってます。裏砂漠に行った方は見つけてみて!

わ~

雪が降って新しい発見が有りました。キョンの足跡は砂に残っていましたが、今回イタチの足跡を何か所か見る事が出来ました。


次の日、今日です。又又 歩きました。
ふきのとう
蕗を取りにフノウの滝の水源まで。
沢山歩いて夕ご飯は蕗味噌を頂きました。豪華ではないけれどとても贅沢だと思っています
   春の香りがします  味見します?   (しま)
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2012年・雪の三原山

2012年01月29日 | ツアー
週末2日間で3回、雪の三原山を歩きました。

最初は昨日の午後、報道関係者の方向けのジオパークツアー。
三原山には雪がチラついていました。

でも皆さん「歩きましょう!これぐらいの雪、平気ですよ!」ととても元気でした(^O^)
1986年溶岩流先端での一コマです。

一人ずつ溶岩の上に乗ってポーズを決めて、楽しそうでした(^O^)

しかし雪景色の中を歩くのは楽しいけれど、黒い溶岩がハッキリ見えません(^_^;)
昨日は電気自動車とジオパークの取材&撮影が目的だったので、山を歩くのは少しにしてこの場所へ…。

島内にある5台の電気自動車が連なって約1万5000年の噴火の歴史の前で停まっている風景は、なかなか圧巻でした!「過去と未来が、一緒になってる~」って感じでした(^O^)

さて一夜明けて今日は、朝7時から2回三原山に登りました。
午前中はTV取材の下見の方達と、午後は普通のツアーでした。

登山中の壁には、見事なツララができていました。


「牙みたい~」と、楽しそうなお客様(^O^)


こんな声も聞こえてくるようでしたが(^_^;)


雪景色を眺めていたら、割れ目噴火の溶岩流の黒さが違うのに気がつきました。
噴火が終わってから流れ出した、短い溶岩流だけがとりわけ黒いのです。


白い三原山にこれだけ黒い色が残っているとは思わなかったので、ちょっとビックリしました。

溶岩のガラガラ具合が激しいと、雪も隙間に落ちちゃうのでしょうか?

ところで、今日の天気予報は午後から晴れでした。
しかし午後3時の山頂からの眺めはグレーの雲に、炎のような少しオレンジがかった光が広がっていました。

「まだ陽が沈む時間ではないし、ちょっと赤くて変な感じ…」by全員。

不思議な光に時々ボ~っと見とれながら下山を始めたら、途中で雪が降り始めました。


雪は次第に強くなり、黒い溶岩が出ていたところも見る見るうちに白く染まっていきました。

さらに雪は顔に向かって吹きつけてくるし、だんだん帰りの車の運転が心配になってきました(^_^;)
「いったいどこが晴れなんじゃ~!と、天気予報を呪いながら歩いていたら…

山頂口まで帰ってきて振り向いた時に目の前に広がっていた風景は、こんなだったのです!!

一瞬夢かと思いました!

ほんとうに直前まで、ガンガン雪が降っていたんですよ。
いったいいつから青空だったの??

いつも何かしらの新鮮な驚きを用意してくれる三原山ですが、今日のこの景色はかなり強烈でした。
まるで壮大な手品みたいでした~(^O^)

(カナ)










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憧れの彼女

2012年01月28日 | 
今日、思いがけずずっと憧れていた虫に出会うことができました。
爪楊枝の先にとまっているこの小さな虫。
ちょっと虫に詳しい人ならこのスタイルと今の時期ですぐにお分かりになるでしょう。
フユシャクの仲間『クロテンフユシャク』のメスです。
フユシャクのメスは何年も前から見たいと思っていたのです。

フユシャクとはその名の通り冬に成虫になるガで、メスの翅がないかあっても小さくて飛ぶことができません。
メスはフェロモンを出してオスを呼び交尾するのです。


実は見つけたときは交尾中だったのです。

家の玄関で!
オスがクロテンフユシャクだと同定できたのでメスもそうだと分かりました。
メスだけでいたらよく似た他のフユシャクメスと見分けが付かなかったと思います。


あぁっ!!

もうちょっとメスをよく見たい・・・と思って触ったら離れてしまいました(汗)
ゴメンよぅ~。


一緒にしておけばまた交尾するかも?
と思ってケースに確保。

しかしお互いもう無関心・・・


なので彼女の撮影会です。






ネットでいろいろ調べた画像と比べると背中の凹みが顕著です。
これはもう産卵したあとってことなんでしょうか?
だから交尾も完全ではなくすぐに離れてしまったとか?
でもまだお腹は結構ふくらんでいる・・・もしかしたらまだ産卵するかも。



充分撮影できたので外に放しました。
食樹はいろいろでツツジ科もそうだとあったので庭のツツジに。


オスは飛んで家の壁にとまりました。
また別のメスと交尾するチャンスがあるのでしょうか?


4時間後、どうしてるかな~?と見に行くとメスの姿はどこにもなく、オスは同じ場所にじっとしていました。


                             がんま


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注目のデザイン

2012年01月27日 | 歴史・文化
気象庁から霜注意報が発表された寒い伊豆大島です。


「トイレの神様♪」が流行ったのは、
もう一昨年のことなのでした。時の流れは早いものです!

今日は運気が上がるような蔵出し画像を少し。

冒頭の見出し写真の教会に近い集会所。
とてもシックな配色と便器のデザインに感動して、
1枚ずつ頂いてしまいました。(笑)

用を足せれば、もう用はないようなものですが、
こういうものも大事だと思います。

大の方は↓、何と!
洋式トイレというと、
腰かけるタイプをイメージしますが、
こんな和風に近い、しゃがむタイプもあるのでした。

リヨンの近くの小さな町でした。

いくつもあったチーズ工場のひとつ↓。
丸太状の美味しいチーズを
作っている工場のトレードマーク。

残念ながら、
工場の生産ラインは撮影禁止でしたので↓。
何とも、かわいい感じでした。

若かりし頃、小田実さんの『何でも見てやろう』を読みました。
確かに、せっかく行ったのだから、いろいろ観察すると面白いです。

国立自然史博物館の一室は、こんな感じ↓。
テレビやエアコンは日本製をたくさん見ましたが、
トイレの陶器では、出会いませんでした。

パリ郊外の一般向けの比較的安いホテル↓。
昔々、ベルサイユ宮殿にトイレがなかったというのは、
本当だそうです。

最近の日本の公園には、だいたい結構立派なトイレがありますが、
フランスの公園や広場などには、あまりなくて困りました。
そのため、カフェへ入るのだそうです(笑)

郊外の歩道にあったトイレ↓。
ボタンを押すと自動で扉が開き、
車椅子などでも利用しやすく広い空間でしたが、↓

右側の便器はとても小さかったです。
体格のよい人たちが多いのに大丈夫なのでしょうか?

昔、「自然が呼んでいる~」と言って、
失礼してトイレへ行ったものですが、
今は聞きませんね。もう、死語でしょうか?


最近、大島のトイレも新しくなったものを見掛けました↓。
弘法浜という海水浴場です。
以前は、木造のバイオトイレがあったのですが、
どこへ行ってしまったのでしょう?
水洗ではなく、堆肥化してしまうタイプだったのですが。

防災のことも考えると、
いろいろなお便所があるといいと思います。
ポットン汲み取り式は、水も電気も必要ないので、
その点でもエコです。

男性用の個室も最近はとても広くなりました(喜)
海岸なので、水着を着替えたりする脱衣所としても使えますね。

私たちが子どもの頃は、もっぱら和式便所でしたので、
はじめて洋式を使った時は、すごく違和感がありました。
病院のトイレだったことを今も覚えています(笑)

こちらは、砂ノ浜海岸↓。
サーファーが通年で利用する海岸なので、
側面にはシャワーが付けられています。

入り口はスロープで、手すりもありました。

以前は海に面した所にありましたが、
夜間の明かりがウミガメの上陸の障害になるので、
浜の背後の防風林に隠れるように駐車場と併設されました。

野生生物の繁殖地に配慮するのは、
国立公園として当然のことかもしれません。

これ↓は弘法浜と同じ便器で残念(笑)

いろいろあった方が楽しいという意味で。
ぜいたく言ってすみません。

点字付きの見取り図も付いてます。


次に利用する方のことを思って、
キレイに使いたいものです。

(なるせ)
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ジオパークの楽しみ方

2012年01月26日 | 火山・ジオパーク
今日は先日行われたジオパークガイド講習の報告です。

講師は、日本ジオパーク委員会事務局の渡辺真人氏です。
1時間ほどの講義の後、参加者からの質疑応答に応える方法で講義が行われました。

ジオパークについて、より理解が深まったと、講習生の皆さんから感想が寄せられた講習でした。

今回の講習生だけしか講義内容を知ることができないのはとてももったいない気がして、今回の資料の中から一部、この日記で取り上げさせていただくことにしました。

まずは日本のジオパークについて。
現在20か所。

2012年から再審査が始まるという内容に、講習生からは「どうすれば落ちないですむのか?」というような質問が出ていました。そしてそれに対しては「サボっていればダメでしょうけど、みんなで頑張って前進していれば、落ちることはないと思います。」との回答でした(^O^)

そして観光客にとってのジオパークとは?

そうそう「知って歩くと景色が変わる。」って、本当にそれ実感します!

「納得!」の三角形の図

「地形・地質」は「大地や地球」にも置き換えられそうですよね。
全ての生き物は大地の上で生きているから、全ての生き物に関連するんですね。

講義では他地域のジオパークの紹介もありました。
たとえば糸魚川ジオパークではジオパーク検定が行われていて初級編の他に上級編、達人編(?)とステップアップするような仕組みを作っているとか…

公民館で地区の人とジオパーク関係者が話をする、という取り組みが、もう200回以上行われているとか…
スゴイ~!
参加者からは「他のジオパークにも行ってみたくなった。」という感想も聞かれました(^。^)

「ジオパークは場所ではなく人」という話しが、印象に残った講習生も多かったようです。


大切なのは、みんなで語ること。
語る中で「?」をいっぱい見つけてジオパークを楽しむこと。


さて、今回の講習の感想に何度か出てきた言葉が「ジオパークの人になる!」でした。
「ジオパークの人」って、こんな人です。


“ジオパークの人”が増えると、全体に地域全体にこんなご利益が(^。^)

この“ジオパークの人”っていう言葉、とっても気に入りました。
これから私も使っちゃお(^O^)

ジオパークの楽しさを多くの人に伝えるために、わかりやすい看板やパンフレットの作成が求められていますが、どこも文章が長くて難しいものが多くコレからの課題のようです。

日本ジオパーク委員会の勧める看板は「大きな字で3行ぐらいの簡単な文章。詳しい説明が必要なら小さい字でその下に追加する」ものだということです。

専門家の方に最初から頼むのではなく、みんなで(特に子どもたちも)勉強しながら看板を作っていく、そしてそれを専門家の方達に支えてもらう…その作業そのものがジオパークなんですよね。

そしてガイドのあり方。
ここが印象に残った参加者が多かったようです。

私もガイドを行うとき、肝に銘じている言葉があります。
「『勉強になりました。』と言われたらそのガイドは失敗。『楽しかった』と言われたら成功。」

今の日本ジオパークの現状は…

写真は「玄武岩」という言葉の発祥の地、玄武洞の玄さんです。
おじさんっぽいのに可愛くて、大人気らしいです。

全国のジオパーク関係者の努力で、確実にジオパークの名前は広まっているようです。


そして、ジオパークの未来は?

「ブームでなく、10年100年続く地道な活動にしたい。」
本当に、そうですね。

全ての人間に共通するもの“地球”を、良く知って楽しみ、共存する・・・
日本全国で、そういう地道な努力を続けている仲間がいる…それって、とてもワクワクすることだと思いませんか?

今回のガイド講習は、現在64名の申し込みがありました。
講習に参加している人たちと語り合って、みんなで「伊豆大島ジオパーク」を育てていきたいです。

(カナ)
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アカハラ

2012年01月25日 | 
今日はなんとかアカハラに出会うことができました。
この冬はツグミ、シロハラなどと同様本当に少なくて写真に収めることができてうれしいです。

北部の町道を車で走っていると路肩になにやら鳥のシルエットが。
「あ、なんか大型ツグミだ」ってんで急いでUターンしました。
車に驚いて飛んじゃったかな?と思いましたが懸命に濡れた落ち葉をはじき飛ばして食べ物を探していました。


いますよ。



私が今まで見てきたアカハラやシロハラは車が近付くと一旦は藪に逃げ、しばらく待っているとまた道路に出てくるというパターンが多かったのです。
この子は度胸があるなぁーと感心しました(笑)



あ、なんか見つけた。
ミミズみたい。



時々固まります。

んで、

がさがさ。

路肩に車を停めて撮影している間、何度か他の車が通りましたが逃げることなく食べ物探しに専念していました。


パンツは白。



そうそう、このカタチ。
いかにも大型ツグミの仲間ってカタチです。



こうして見るとお腹の橙色とお尻の白が目立ちますが、これが結構保護色なのです。
じっとしているとなかなか見つけられません。



大物ゲット!
ニンマリしてる。
なんかコウガイビルっぽい。



最後は空を見上げるのポーズ。
上空からの敵を警戒しているのでしょうか?
野ネコにも気を付けるんだよー。


本日のオマケ。


富士山があまりにも綺麗だったので。
岡田港(おかたこう)のあんこ灯台と。


                         がんま
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火山の島

2012年01月24日 | 火山・ジオパーク
先日のフォーラム&講習で「あ~そうか!」と思ったのが、海岸を取り巻く壁の高さの違いでした。
下記の図をご覧ください。

これは、今回の演者の川辺禎久さんが作成された地質図です。
手書きの数字は海沿いの壁のだいたいの高さを表しています。

島の東側と南西部、ずいぶん高さが違いますね。
100mと50mなんて、2対1です。

今までは「島の東側は、もともとあった3つの古い火山が波に削られたため高い崖になっている。西側は今の火山の溶岩が海に流れ込んでいるために低いし海岸にも出やすい。」なんて、単純に考えていたのです。

しかし確かに西側は崖がある所とない所があって、高低差がありますね。

特に南西部の山側は側火山(三原山の兄弟的存在の火山)がないし、カルデラの壁もあって新しい溶岩が流れてこないため、だんだん波に削られて崖になったようです。

古い火山が削られた面が残る島の東側は、ちょっとゾッとするぐらいの高さだし…


元町近くの海岸は、散歩しながら「あ、ウミガメが頭を出した!」なんて観察をしながら歩ける高さ。


そう元町は、約670年前に沢から流れた溶岩に覆われた場所でしたね。
今、人が暮らしているのは、溶岩が作ったなだらかな土地の上…


でも元町からちょっと歩くと、低い崖があったりします。

う~ん、気にかけてみると西側の海岸の崖の高さって微妙に違いますね(^_^;)
いったいどんな物語が、この崖の高さの違いを作るのでしょう?

溶岩のしぶきが降り積もった地面は崩れやすく、台風の後ではなくても突然崩れることも多いようです。
これは、波のせい?それとも雨が時間をかけて削って?


ここも…


本州より雨が多く風も強く波の影響も受ける火山の島、大島。
噴火で溶岩が大地を作ってくれなければ、人の住む場所もなくなってしまう場所。

山だけではなく、もっと火山と海との物語を探してみるのも楽しそうです。

海岸の壁のちょっとした高低差にも不思議を見つけられる柔軟な心を持って、さらに伊豆大島ジオパークを楽しみたいと思います(^^)v

(カナ)







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電気自動車試乗会

2012年01月23日 | その他
電気自動車の試乗会に参加してきました。
以前ジオガイドで電気自動車を使ったツアーを案内したことが有ったのですが、自分では乗ったことが無かったので絶対に試乗して見たかったのです。ツアーのお客様はとても静かで快適との事でしたが、やはり自分で納得しないと気が済まない性格な私です

三菱電気自動車さんの説明を受けて、いざ乗車
今までの2台(ジオパーク仕様)ではなく今回用に新しく4台持って来てくれたのです。

安全運転で出発
御神火スカイラインは下から高さ約500メートルを6キロの道のりで登ります。アクセルは頼りないぐらいに軽い。登りは電気をそれなりに消費するが、下りで電気を作るので何割か回復する。(ちょっとお得だね!)

途中でガス欠でなく、電気欠になったら大変。ふる充電だと7時間かかるそうで元町から南部に帰るのに7時間半かかってしまいます。

ふる充電で150キロぐらい走れるそうですが、大島で電気自動車の企画(電気自動車の普及に向けた実証実験)が出来るのは島と言う閉鎖性に有るそうです。私もそうですが大島観光をしても50キロくらい、沢山走っても80キロぐらい(3月に100キロ走るフルマラソンすごすぎる!)東京などから箱根観光や日光に行こうとしたら途中で充電しなくてはいけないことに…(30分で出来る急速充電も有るそうですが)

雪の残っている三原山を回って快適なドライブをしてきました。
私も一台欲しいな!しかし、補助金が有ってもお値段が…
環境に優しい電気自動車。早く大島でも沢山走る事が出来ますように自動車会社の方々お願いいたします   (しま)

※1月29日にも同じく試乗会が開催されますので体験してみてはいかがでしょうか?
問い合わせは観光協会との事
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キプカと夕日

2012年01月22日 | 火山・ジオパーク
丸2日間、ジオパークフォーラムと講習で時を過ごしました。

この日記の読者の方にも、どちらか、または両方に参加された方がいらっしゃるのではないかと思います。
2日間、お疲れさまでした(^。^)

ジオパーク活動や火山研究などで第一線で活躍されている方達の講演と意見交換など、書きたいことは山ほどあるのですが、残念ながら今日はもう、頭が働きません(^_^;)

…で、講習で感じたことなどは後日報告するとして、とても印象深かったことを一つだけ…。
それが表題のキプカです。

キプカとはハワイ語で「生命が再生する場所」を意味する言葉だそうです。
そして大島にも実は、いくつもそういうキプカがあるのではないかということを、教えてもらったのです。

そのうちの一つが、樹齢800年と言われる桜株。

この場所は地質図上は1552年?溶岩流の中に位置し、それだと460年前には溶岩で焼かれていたことになって樹齢800年の年代と合いません。
このことが以前から、仲間内でも疑問でした。

今回講師でいらした川邊さんが桜株の生えている場所と、周辺の地面の下の溶岩の状態を調べたところ、
「桜株はキプカの上に生えていたのではないか」ということなのです。

傾斜が急に変わる場所では溶岩流が枝分かれしやすく、その間に溶岩流に覆われない部分が残ることがあって、その場所に残った植物達が周りの溶岩の上に新しい命を再生していく…それがキプカ。

川邊さんいわく「昔桜株は船上からの目印にもなったと言われているけれど、確かに黒い溶岩流の上に真っ白の桜が咲いていたら、とても目立ったのではないでしょうか?」

そして、大島のもう一つのキプカ。
それは1986年の溶岩流の中にありながら、燃え残った三原神社だそうです。

なんて素敵な物語でしょう!

もしかしたら「溶岩流遡上の旅」で見た、溶岩流にはさまれながら焼け残ったスダジイの木も、キプカの上にあるのかもしれません。
http://blog.goo.ne.jp/gscrikuguide6/e/aa36d6bde6f741ef108bf3539ebc47b3

何もかも焼き尽くし、あたり一面を黒い大地に変えてしまうというイメージの火山の噴火。
でも自然は植物達の再生のための場所を、ちゃんと用意してくれているのですね。

そして今回こういう物語を専門家の方達の力を借りて探していける「ジオパーク」の魅力に、また一つ気づかされたような気がします。

私達だけでは、桜株の周囲の土を観察しても、それが何を意味するのか判断するのは難しいでしょう。
ジオパークには専門家の方の協力があって、今の最新の科学で判断できる一番真実に近い物語を探していけるのです。

大島だけが語ることのできるオンリーワンの物語。
これからもっともっとたくさんの素敵な物語を、ジオパークを通して探していけたら良いな~と思います。

さて、最後に今日の夕焼けです。

講習のために残ってくれた日本ジオパーク委員会事務局の渡辺真人さんと一緒に、合間の時間に夕日を見に行きました。
波が海岸を洗って、一瞬薄い白い波の泡が黒い砂浜を覆うのですが、そこにも夕日の帯が伸びていました。


泡が消えた後の、濡れた砂浜にも光の帯…


そしてその夕日を浴びながら、過去に起こった噴火や土石流など、今の景色を作った昔の出来事を思いながら物語を楽しんだのでした。



(カナ)



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