霧島でのJGN全国大会最終日は、楽しみにしていたジオツアーの日。9コースあるツアーのうちで、私は迷わず表題のツアーを選びました。(がっつり火山学…というネーミングがたまりませんでした・笑)
このコースの案内役は、火山学の井村先生(鹿児島大学)。
一昨日16時過ぎに全国大会会場を後にし、大正噴火の溶岩流で桜島が大隅半島と桜島を陸続きになった現場を見たり、火山灰を観察したりしながら“道の駅たるみず”へ。
足湯につかりつつ、桜島のシルエットを皆で楽しみました。
そしてその後、夕食のお弁当を持って霧島市長さんのお家へ。
霧島市長さんの家は、約3万年前に姶良カルデラができた時の火砕流(入戸火砕流)が200m近く積もった“シラス大地”の中腹(一番上の面から少し下がったところ)にあります。
厚く積もった火山灰の壁をくりぬいて作られた部屋で、夕食をとりました。
何とも不思議な雰囲気に、参加者からは「おお~!」という声があがっていました。
外は少し寒かったけれど、部屋の中は暖かく快適でした。
地元でとれたキノコや山菜の美味しい煮物もいただきました(とても美味しかったです)。
井村先生が、部屋の壁を教材に火砕流について解説してくれます。
食事をしながら目の前で実物を見て話が聞けるなんて、さすが“がっつり火山学コース”です!
そして昨日は、雨の多い霧島では珍しい(らしい)快晴!
標高200mにある展望所からは、海に浮かぶ桜島や…
かつてはつながっていたシラス台地が見渡せました。
写真から、同じ高さの緑の壁が延々続いているのがわかるでしょうか?
向かいのシラス大地との間に低い平らな土地が広がっているのは、9000年前の氷河期に川が削り、7000年前の暖かだった時期に海が上がってきて、海底に土砂が積もって平らになったのだそうです。
火山は一度にスゴイパワーを発揮するけれど、時間をかけると水も火山に負けないパワーを発揮して、景色を変えていくのが興味深いです。
次に“上野縄文の森”へ。
9500年前の集落の再現や…
地下をくりぬいて作られた“地層観察館”を見学しました。
過去の巨大噴火の火砕流がこの地を襲った時、ここで生活していた人達のことを思い浮かべました。
昼食に立ち寄った高千穂牧場では、霧島の火山群が連なって見えました。
絶景です!
看板を前に、新燃岳の噴火について語る井村先生。
噴火の時にこの場所にいて噴火写真を撮ったという井村先生のリアルな描写に、皆さん聞き入っていました。
そして、約3万年前の火砕流と同じ名前がついているバス停に立ち寄り…
火砕流が溶け合って、再度固まった岩に集まり観察。
皆、岩があると寄っていく…このフツーじゃない雰囲気が楽しかったです(笑)
近くには小さな水力発電の装置がありました。
最近は、大きなダムを造らず、小さな物を複数作る傾向にあるのだそうです。
温泉地に行っても、温泉には入らず、山の植生が移り変わっていく様子や…
火砕流が再度溶けて固まった岩を観察。
天井部分が厚くなっている避難壕についても説明がありました。
霧島エリアには7つの避難壕があるが、大きな物が飛んで来る確率を考えて作成…画一的なものにならないようにしているのだそうです。
避難壕の目の前にあった看板です。
「火山を知り、学ぶことは防災やジオパークにも通じる!」というメッセージが看板に入っているのが素敵です。
傾斜計、地震計、GNSSなどの火山観測施設も見学しました。
そして最後に、新燃岳噴火で、3.2km離れた車道沿いに飛んできた1mぐらいの石が、地面に開けた凹地を見学。
今はかなり埋まってしまっていて写真ではわかりにくいですが、当時は2mぐらいの深さの穴が空いていたそうです。火口から3kmの所で立ち入り禁止の交通整理をしていた人が、頭上を超えていく大きな火山弾に気づき、これを見つけて山火事になりそうだったのを防いだそうです。
この他、標高による植生の変化の解説もありました。
歴史、暮らし、植物、水との関わり、防災…本当に盛り沢山なツアーでした。
(カナ)