友人から電話があり、そのなかで『世界』9月号(岩波書店)の話が出た。買い忘れていたことに気付き、電話が終わってから買いに行くために外に出た。駐車場のところにいくと、もう秋の虫の音が聞こえてきた。生暖かい風が吹き、猛暑が続いているのに、自然界はすでに秋へと向かっている。
買ってきた今月号の『世界』をぱらぱらとみた。今号も読み甲斐のある内容がたくさんある。次々と届く書籍に追いまくられているのに、またこれをまず読まなければならない。読んでばかりいるのではなく、話したり書いたりしないとなかなか頭の中に残らないのに、活字が私を追いかけ回している。
ついでに『創』も購入した。私が行った書店には、『世界』が1冊、『創』が2冊あった。昔は、『世界』は『文藝春秋』とともに積まれていたものだ。しかし今は、1冊だけ棚に置かれ、寂しく私に買われるのを待っているのだ。
現実があまりにひどいからと、ひどい状況に身を任すのではなく、なぜひどい状況なのかをきちんと探求しなければならない。
そのためには、「読む」という行為は不可欠である。その「読む」対象として、『世界』は最良のものである。
自然は、我々の意思を越えて、自然の秩序に沿って動いていく。だが社会は、人間の意思が確実に動かしている。その意思を探求しなければならないのだ。ひどい社会を変えるために。
買ってきた今月号の『世界』をぱらぱらとみた。今号も読み甲斐のある内容がたくさんある。次々と届く書籍に追いまくられているのに、またこれをまず読まなければならない。読んでばかりいるのではなく、話したり書いたりしないとなかなか頭の中に残らないのに、活字が私を追いかけ回している。
ついでに『創』も購入した。私が行った書店には、『世界』が1冊、『創』が2冊あった。昔は、『世界』は『文藝春秋』とともに積まれていたものだ。しかし今は、1冊だけ棚に置かれ、寂しく私に買われるのを待っているのだ。
現実があまりにひどいからと、ひどい状況に身を任すのではなく、なぜひどい状況なのかをきちんと探求しなければならない。
そのためには、「読む」という行為は不可欠である。その「読む」対象として、『世界』は最良のものである。
自然は、我々の意思を越えて、自然の秩序に沿って動いていく。だが社会は、人間の意思が確実に動かしている。その意思を探求しなければならないのだ。ひどい社会を変えるために。